「観る将」が観た第44回JT杯決勝 藤井JT杯vs糸谷八段
11月19日に将棋日本シリーズJTプロ公式戦(JT杯)決勝、藤井聡太JT杯と糸谷哲郎八段の公開対局が、東京ビッグサイトで行われました。JT杯はタイトル保持者と前年度賞金ランク上位の12名で行われるトーナメントで、持ち時間10分(切れたら1手30秒未満、他に1分の考慮時間5回)の早指し棋戦です。
前回優勝の藤井JT杯は、2回戦で菅井八段、準決勝で永瀬九段を降して勝ち上がりました。糸谷八段は1回戦で広瀬八段、2回戦で豊島九段、準決勝で渡辺(明)九段を破り、自身初の決勝進出です。両者の対戦成績は藤井JT杯の6勝0敗で、早指しを得意とする糸谷八段としては、何としても一矢報いて藤井JT杯の牙城を崩したいところです。
2,800人を超えるファンで埋まる会場に太鼓の音が鳴り響く中、藤井JT杯が白い着物と青灰色の袴に淡い水色の羽織をまとい、糸谷八段が鶯茶の着物と灰色の袴に黒地に模様の入った羽織をまとってステージに上がります。
司会者がメッセージを求めると、藤井JT杯は「決勝戦という大きな舞台で多くの方に注目していただける対局になると思うので、見ていただいている方々に楽しんでいただける将棋にできるよう全力を尽くしたいと思います」、糸谷八段は「できる限り面白い将棋にできればと思いますので、是非最後までゆっくりとご覧ください」と話しています。
角換わりから前例の少ない力戦へ
振り駒で先手となった藤井JT杯が角換わりに誘導すると、糸谷八段は△3三角と上がって先手から角を交換させる形を選択します。藤井JT杯は淡々と駒組みを進め、糸谷八段が△6二玉と得意の右玉を採用すると、▲8八玉と入城してから▲4五歩と仕掛けます。糸谷八段が△5二銀左と引くと、解説の佐藤康光九段はここで封じ手を宣言し、藤井JT杯は少考して次の手を封じます。
藤井JT杯の雁木
封じ手は佐藤九段が予想の1つに上げていた▲4四歩と取り込む手でした。糸谷八段が飛車を4筋に回してから金で4筋の歩を取る間に、藤井JT杯は▲6八銀~▲6七銀と雁木に組み替えます。糸谷八段は2手掛けて△3三金と戻し、藤井JT杯が▲4六角と好所に据えると、飛車を8筋に戻します。AIの評価値は藤井JT杯の58%と、わずかに傾いています。
両者とも30秒将棋へ
藤井JT杯は3筋の歩をぶつけ、糸谷八段が飛先の歩を交換すると、▲8七金と上がって飛車を追い返し、▲8六歩と打って傷を消します。糸谷八段が持ち時間を使い切り、再度飛車を4筋に回すと、藤井JT杯は▲4五歩と打って角頭を守ります。糸谷八段が△5三銀と上がると、藤井JT杯も持ち時間を使い切り、3筋の歩を取り込みます。
藤井JT杯の継ぎ歩攻め
糸谷八段は△3四同金と取り、藤井JT杯が▲3六銀と上がると、金を引き戻します。藤井JT杯が考慮時間を1回使って2筋の歩をぶつけると、糸谷八段も慎重に考慮時間を1回使って△2四同歩と応じます。藤井JT杯が継ぎ歩で攻めると、糸谷八段は更に考慮時間を1回使って△2五同歩と応じます。
角と金桂の2枚替え
藤井JT杯は5筋の歩を突き捨ててから考慮時間を1回使って▲2五桂と跳ね、糸谷八段が△3四金とかわすと、▲2二歩と桂頭を叩きます。糸谷八段は3回目の考慮時間を使って△3五歩と銀頭を叩き、藤井JT杯が▲3五同銀と応じると、△4五飛と走ります。藤井JT杯は3回目の考慮時間を使って▲3四銀と金を取り、糸谷八段が△4六飛と角を取ると、▲2一歩成と桂を取って"と金"を作ります。
糸谷八段の竜
糸谷八段は△3六飛と寄って銀に当てつつ飛成を狙い、藤井JT杯が▲3三桂成と金に当てつつ銀に紐を付けると、△3八飛成と竜を作って飛車に当てます。藤井JT杯が飛車を6筋にかわすと、糸谷八段は金で成桂を食いちぎり、金取りに△4六桂と打ちます。AIの評価値は糸谷八段の53%とほぼ互角の範囲で揺れています。
渋い手の応酬
藤井JT杯は金を6筋にかわし、糸谷八段が△3三竜と成銀を取ると、竜銀両取りに▲4五桂と打ち返します。糸谷八段が△3六竜とかわすと、藤井JT杯は銀桂交換してから、"と金"で1筋の香を取ります。糸谷八段が考慮時間を使い、じっと△4五歩と隙を消して手を渡すと、藤井JT杯も考慮時間を使って▲4八金と自陣を補強します。
糸谷八段が2枚角で攻勢
糸谷八段は△3二竜と引き、藤井JT杯が5筋に歩を合わせると、金取りに△2六角と打ちます。藤井JT杯は▲5七金とかわし、糸谷八段が△5九銀ともう1枚の金に当てると、▲7八金と寄って陣形を引き締めます。糸谷八段は飛車取りにもう1枚の角を△2五角と打ち、藤井JT杯が飛車を8筋にかわすと、△4八角成と馬を作って攻め込みます。
王手竜取り
藤井JT杯が▲4六金と桂を食いちぎり、▲3三銀と竜頭に叩きつけると、取ると両取りがあるので、糸谷八段は△4一竜とかわします。藤井JT杯が▲5九飛と銀を食いちぎり、王手竜取りに▲4二銀と打って竜と銀を交換すると、糸谷八段は△4四玉と上部脱出を図ります。AIの評価値は藤井JT杯の93%と大きく傾きましたが、後手が入玉を果たせばどう転ぶかわかりません。
詰めろ馬取り
藤井JT杯が自陣に▲3九飛と打ち、馬に当てつつ後手玉に詰めろを掛けると、糸谷八段は最後の考慮時間を使い、やむなく馬を見捨てて△3六金と飛車の利きを遮ります。糸谷八段は4筋に"と金"を作り、藤井JT杯が▲1三角と打って後手玉の退路を狭めると、角取りに△2三飛と打ちます。
藤井JT杯の馬
少し顔を紅潮させた藤井JT杯は△3一角成とかわして馬を作り、糸谷八段が△5二角と引いて飛車の利きを先手陣に通すと、王手角取りに▲5三銀と引きます。糸谷八段は角を犠牲に△3五玉と入玉を目指し、藤井JT杯が角銀交換してから▲6四馬と引き付けると、飛車取りに△4八銀と打ちます。藤井JT杯は飛車を8筋にかわし、糸谷八段が△5七"と"と寄って銀に当てますが、構わず▲5五馬と後手玉に迫ります。
入玉を巡る攻防
糸谷八段が△4四銀と受けると、藤井JT杯は▲2四歩と飛頭を叩き、▲5四馬と飛車に当てます。糸谷八段はノータイムで2筋に歩を垂らして"と金"作りを狙い、藤井JT杯が▲3八桂と後手玉の上部脱出ルートを塞ぐと、△3四桂と打って対抗します。藤井JT杯は▲1七角と王手し、糸谷八段が△2六桂と跳ねて守ると、▲2六同角と食いちぎって金で取らせます。藤井JT杯が▲4六金と王手すると、入玉が難しい状況となり、糸谷八段は投了を告げました。
まとめ
本局は糸谷八段が前例の少ない力戦に誘導しましたが、藤井JT杯は的確に応じて徐々に優勢となりました。藤井JT杯は継ぎ歩から攻め掛かりましたが、糸谷八段も強く応じて竜を作り、形勢を互角に戻しました。難解な中盤戦となり、両者30秒将棋の中で妙手を繰り出しましたが、藤井JT杯は王手竜取りで竜を消し、詰めろ馬取りで馬を素抜き、大きく駒得して勝勢となりました。糸谷八段は入玉を目指して執念を見せましたが、藤井JT杯が桂の利きで阻止すると、潔く投了を告げ149手の熱戦に終止符を打ちました。
藤井JT杯は2連覇となり、一般棋戦優勝回数は早くも10回の大台に到達しました。本局が年内最後の公式戦(未放映のテレビ対局を除く)となるため、対局後に行われた記者会見では今年を振り返り、「自分が思っていた以上に良い結果が出せた1年だったと思っています」と答えています。八冠制覇という、とてつもない偉業を成し遂げた1年でしたが、それよりも「それぞれの対局に没頭している時が一番充実感があると思っています」と話しており、記録に無頓着な藤井JT杯の強さを感じさせる言葉だったと思います。
将棋日本シリーズJTプロ公式戦の棋譜等は、公式ホームページをご確認ください。
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