「観る将」が観た第37期竜王戦七番勝負第六局
12月11-12日、第37期竜王戦七番勝負第六局が鹿児島県指宿市の指宿白水館で行われました。本シリーズはここまですべて先手番が勝ち、3勝2敗とリードした藤井聡太竜王が一気に決着を付けるのか、本局は先手番となる佐々木勇気八段が三度追いつくのか、大注目の一局となりました。
指宿市は、指宿白水館の砂むし温泉が大好きでプライベートでもたびたび訪れている佐々木八段を、指宿観光大使に任命すると発表しています。佐々木八段としては愛着のある場所で、本業でも勝利を飾りたいところだと思います。
前日に行われたインタビューでは、藤井竜王は「シリーズ終盤の大きな一局でもあり、多くの方に注目して見ていただける対局でもあると思うので、2日間集中して充実した内容の将棋が指せるように頑張りたい」、佐々木八段は「挑戦者として役目は果たせたという気持ちはありますが、そこで満足してはいけないと思うので勝ちにいきたい」と話しています。
戦型は相掛かり
落ち着いた雰囲気の和室の対局室に、佐々木八段が濃紺の着物と灰色の袴に紺色の羽織で入室すると、藤井竜王は淡い若草色の着物と淡い藤色の袴に薄緑色と薄黄色の二色の羽織で入室します。先手の佐々木八段が相掛かりに誘導し、藤井竜王は飛先の歩を交換します。佐々木八段が飛先の歩を交換し、3筋の横歩も取ると、藤井竜王は1筋の歩をぶつけます。
佐々木八段の研究
佐々木八段がここで角道を開けると、藤井竜王は角交換してから金を上がって飛車を引かせ、更に飛車取りに4筋に角を打ち直します。JT杯準決勝(広瀬九段vs藤井JT杯)と同じ進行となり、佐々木八段は飛車をいったん2筋にかわし、藤井竜王が歩で飛車を追うと、4筋にかわして前例を離れます。藤井竜王は1筋の歩を取り込み、佐々木八段が香で取ると、香を走って香を取ります。
飛車と馬の取り合い
佐々木八段は1筋に歩を垂らし、藤井竜王が角を1筋に飛び込んで馬を作ると、"と金"を作って桂に当てます。藤井竜王は歩で飛車を追い、佐々木八段が飛車を1筋に回すと、馬を引いて飛車に当てます。佐々木八段は飛車を1つ上がってかわし、藤井竜王が金を2筋に寄って飛車を捕獲すると、馬取りに歩を打って飛車と馬を取り合います。
早くも終盤戦に突入か
藤井竜王は香を成り、佐々木八段が"と金"で桂を取って銀に当てると、銀を4筋に上がってかわします。佐々木八段は金取りに▲2三角と打ち、藤井竜王が構わず成香を潜って銀に当てると、"と金"を3筋に寄って後手玉に迫ります。藤井竜王は△1九飛と打ち返し、佐々木八段が"と金"を寄って王手すると、玉を6筋に上がってかわします。
佐々木八段の要所の馬
佐々木八段は"と金"で銀を剥がしてから、後手の飛車と成香の利きに▲3九銀と打ち、藤井竜王が持ち駒の香を打って成香を支えると、銀で香を食いちぎり、取れる金を取らずに▲5六角成と馬を作って8筋の飛頭を睨みます。ここで藤井竜王が初めて長考に沈み、次の68手目を50分程考えて昼休となりました。1日目の午前中から激しい展開となりましたが、AIの評価値はほぼ互角を維持しています。各8時間の持ち時間の内、残り時間は藤井竜王が5時間45分、佐々木八段が7時間19分と1時間半以上の差が付いています。
藤井竜王が連続長考
ABEMA解説陣は強力な先手の馬に持ち駒の銀をぶつける手を検討していましたが、藤井竜王は昼休を挟む134分の大長考の末、7筋の歩を突いて馬の利きを止めます。佐々木八段が20分の少考でこの歩を支えている銀に当てて5筋に桂を打つと、藤井竜王は更に66分の長考を重ねて銀を5筋に上がってかわし、打ったばかりの歩を放棄します。佐々木八段は意表を突かれたのか初めて手を止め、わずかに佐々木八段に振れたAIの評価値は、時間の経過とともに65%と更に大きく傾きます。
意外な角打ちの王手
ABEMAでは先手は馬で7筋の歩を取る一手と解説されていますが、佐々木八段は56分の長考で9筋に持ち駒の角を打って王手します。藤井竜王が8筋に歩で合い駒をすると、佐々木八段は時折頭を抱え髪を逆立てて30分程考え、次の73手目を封じました。AIの評価値は藤井竜王の55%とほぼ互角に戻っています。残り時間は藤井竜王が3時間2分、佐々木八段が5時間34分と2時間半以上の差となっています。
佐々木八段は8筋に戦力を集中
佐々木八段の封じ手は、多くのプロの予想やAIの推奨手にない、8筋に香を打つ手でした。藤井竜王は8筋に銀を打って歩を支え、佐々木八段が馬を6筋に寄って8筋に戦力を集めると、47分熟考して9筋の歩を突いて角に当てて催促します。佐々木八段は81分長考し、馬で8筋の歩を食いちぎって王手し、藤井竜王が銀で取ると、角で取り返して王手を続けます。
激しい駒の取り合い
藤井竜王は玉を5筋に寄ってかわし、佐々木八段が角を王手で成り捨てて8筋の香で飛車を取ると、5筋の桂を銀で取ります。佐々木八段が次の85手目を考慮中に昼休となりました。佐々木八段が馬角桂を犠牲に飛銀を得て、成香を作って攻め込みましたが、AIの評価値は藤井竜王の67%と傾いています。残り時間は藤井竜王が1時間52分、佐々木八段が3時間20分と1時間半程度の差となっています。
佐々木八段が怒涛の攻勢
佐々木八段は昼休を挟む48分の長考で成香を7筋に寄り、藤井竜王が玉を4筋に引いて早逃げすると、金取りに▲2三銀と打って後手玉の上部を押さえつつ金に当てます。藤井竜王は金を引いて銀に当て返し、佐々木八段が6筋に飛車を打って王手すると、桂で合い駒します。佐々木八段は成香を6筋に寄って詰めろを掛け、藤井竜王が2筋の銀を金で取ると、飛車で桂を取って竜を作って王手します。先手が後手玉を追い詰め、AIの評価値もほぼ互角に戻っています。
紙一重の受け
ABEMAでは「後手玉大丈夫なの?」と大盤を使って検討をしていますが、藤井竜王は平然と玉を3筋に上がってかわし、佐々木八段が成香を5筋に寄って金に当てると、3筋に銀を打って金に紐を付けます。佐々木八段は金取りに▲3五桂と打って後手玉の上部を押さえ、藤井竜王が金を3筋に寄ってかわすと、2筋に歩を合わせて手を渡します。AIの評価値は再び藤井竜王の64%と傾いてきました。
決め手は攻防の角
藤井竜王は慎重に21分考えて3筋の桂を成香で取り、佐々木八段が2筋の歩を取り込んで詰めろを掛けると、いったん2筋に歩を打って逃れます。佐々木八段が2筋の歩を成り捨ててから再度歩を合わせると、藤井竜王は△1六角と攻めては先手玉に詰めろを掛け、受けては自玉を守る攻防の角を放ちます。佐々木八段は30分程考えていましたが攻防共に見込みなく、次の手を指さずに潔く投了を告げました。
まとめ
本局は両者が「やってみたかった」と言う研究手順に踏み込み、1日目の午前中から終盤戦に突入する激しい将棋となりました。佐々木八段は要所に馬を引き付けて主導権を握りましたが、藤井竜王が連続長考して受けた手に惑わされたか、形勢が混沌とした状況で封じ手となりました。2日目は佐々木八段が攻め続ける展開となりましたが、藤井竜王は落ち着いて受け切り、最後は攻防の角を放って決着を付けました。対局後に佐々木八段は封じ手前の数手を悔やみましたが、その後の迫力ある攻勢も含め、観る将をドキドキさせる好局だったと思います。
本シリーズの総括
今期の七番勝負は第五局まで先手番が勝ち続け、最後に後手番を制した藤井竜王の4連覇達成で幕を閉じました。深い研究で序中盤にリードを奪い、そのまま勝ち切ってしまう内容も多く、現代将棋における序盤研究の重要性を思い知らされるシリーズでもありました。しかし藤井竜王は対局後、シリーズを通して「佐々木八段に色々と工夫をされて、それに対する対応力をもっと磨いていかなければいけない」と語り、研究将棋に負けない強さを目指していることを感じさせました。
佐々木八段は「藤井竜王と8時間の2日制で第六局まで戦えたということは非常に勉強になりました」と語り、大盤解説会場では「第七局を指せないのは残念な気持ちではありますが、私の中ではやりきって悔いはないので、これからも続く対局を頑張っていきたいと思います」と、笑顔も交えて挨拶しました。「これからは研究を外れてからの中終盤力を鍛えていければと思います」とも話した佐々木八段が、次の機会には最終盤までどちらが勝つのかわからない名局を魅せてくれることを期待したいと思います。
竜王戦は読売新聞社が主催しています。
本稿は竜王戦・棋譜等利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#ryuuou )に従っています。