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「観る将」が観た第50期棋王戦挑戦者決定二番勝負第一局
棋王戦コナミグループ杯は、挑戦者決定トーナメントのベスト4以上には敗者復活戦があるのが大きな特徴で、トーナメントの優勝者と敗者復活戦を勝ち上がった棋士とで、挑戦者決定二番勝負を行います。トーナメントの優勝者は1勝すれば挑戦権獲得、敗者復活の勝者は2連勝しなければなりません。
12月17日に、今期の挑決二番勝負第一局が行われました。ともにタイトル初挑戦を目指す増田康宏八段と斎藤明日斗五段の顔合わせとなっています。
増田八段は挑決トーナメントから登場し、木村九段、黒田五段、伊藤(匠)叡王、渡辺(明)九段、澤田七段、近藤(誠)七段を破って優勝しています。二番勝負で1勝すれば挑戦権獲得となります。
斎藤五段は佐々木(大)七段らを破って予選を突破し、挑決トーナメントでは糸谷八段、広瀬九段、羽生九段を降したものの、準決勝で近藤(誠)七段に敗れて敗者復活戦に回り、澤田七段と近藤(誠)七段を破って挑決二番勝負に駒を進めています。
増田八段の趣向
後手番では横歩取りを得意とする斎藤五段に対し、振り駒で先手となった増田八段は3手目に1筋の端歩を突く趣向を見せます。悩ましそうな表情を浮かべた斎藤五段は横歩取りを諦め、両者とも一手一手慎重に駒組みを進めます。斎藤五段が24手目を50分程考えて昼休となりました。各4時間の持ち時間の内、残り時間は増田八段が3時間21分、斎藤五段が2時間51分となっています。
長考の応酬
斎藤五段が昼休を挟む80分の大長考で6筋の銀を立つと、両者とも開戦準備を整え、増田六段は3筋の歩を突き捨ててから銀を4筋に繰り出します。斎藤五段が3筋に銀を上がって備えると、増田八段は63分の長考で飛車を3筋に寄ります。斎藤五段は銀を4筋に繰り出し、増田八段が5筋の歩を伸ばして銀に当てると、銀を6筋に引いてかわします。
角交換からの攻め合い
増田八段が3筋の歩を取って銀交換し、飛車で取って王手すると、斎藤五段は歩で合い駒します。増田八段はいったん飛車を引き、斎藤五段が9筋の歩を突くと、飛車を2筋に戻します。斎藤五段が角を9筋に飛び出して角を交換し、増田八段が5筋に角を据えて2筋を睨むと、3筋の歩を突いて角で取らせてから、4筋に角を打ち込んで攻め合います。
両者がともに角を捕獲
増田八段は3筋に歩を打って受け、斎藤五段が3筋に金を打って角に当てると、5筋に角を引いてかわします。斎藤五段は5筋の歩を突いて角に圧力を掛け、増田八段が5筋に銀を打って角を捕獲すると、銀を飛頭に打って4筋に追ってから5筋の歩を取り込んで角に当てます。増田八段は角を4筋に上がってかわしつつ銀に当て返し、斎藤五段が金を4筋に上がって角を捕獲すると、4筋に銀を上がって角を支えます。
激しい駒の取り合い
両者とも残り1時間を切り、複数の駒がぶつかり合う難解な中盤戦となっていますが、AIの評価値はほぼ互角を維持しています。斎藤五段は角金交換してから8筋の歩を突き捨て、角で銀を食いちぎってから再度飛車取りに角を打ち込みます。増田八段は飛車を6筋にかわし、斎藤五段が8筋の桂頭を歩で叩いて金で取らせ、2筋の銀を前進して桂に当てると、23分熟考して2筋の歩をぶつけます。
増田八段の玉頭攻め
斎藤五段は手抜いて銀で桂を取り、増田八段が2筋の歩を取り込んで玉で取らせ、更に玉頭を歩で叩くと、玉を3筋に寄ってかわします。増田八段は飛車取りに7筋に角を打ち込み、斎藤五段が飛車を走って金に当てると、歩を打って飛車を追い返し、角を3筋に引き成って馬を作ります。斎藤五段は玉を4筋に早逃げし、増田八段が5筋に歩を垂らすと、馬頭を歩で叩いて催促します。AIの評価値は増田八段の77%と大きく傾いています。
増田八段が決断の踏み込み
両者とも残り10分を切り、増田八段は後手玉のコビンに金を打ち込んで攻め掛かり、斎藤五段が玉を5筋に引いてかわすと、金を交換して6筋に金を打って王手します。斎藤五段は玉を4筋に上がってかわし、増田八段が金銀交換してから5筋の歩を成って王手を続けると、飛車で取って粘ります。増田八段が王手で銀を捨てて後手玉を下段に落とし、馬で飛車を取って詰めろを掛けると、斎藤五段は玉頭に銀を打って逃れつつ馬に当てます。
両者1分将棋の激闘
増田八段は3筋に飛車を打ち込んで王手し、斎藤五段が桂で合い駒すると、歩を打って馬を支えます。1分将棋に突入した斎藤五段がかなり迷った手つきで1筋の香を成銀で取ると、増田八段も1分将棋となり、竜を作って詰めろを掛けます。斎藤五段は自陣に金や香を埋めて懸命に粘りましたが、増田八段が馬で銀を食いちぎり、"と金"で香を剥がしてから金取りに香を打って詰めろを続けると、姿勢を正して投了を告げました。
まとめ
本局は増田八段が注文を付け、序盤から前例のない力将棋となりました。斎藤五段は角をぶつけて交換し、お互いに角を手放しての攻防となりましたが、増田八段は後手の角を徹底的に封じ込め、後手陣に踏み込んでからは攻めを切らさず寄せ切りました。
自身初のタイトル挑戦を決めた増田八段は、対局後に「藤井棋王はほとんどのタイトル戦で勝たれていて実績も全く違うので、とても厳しく辛い勝負になると思いますが、勝負事は絶対負けるということはあり得ないと思うので、少しでも相手の隙と言うか弱点を突いて指せれば良いかなと思っています」と、朴訥とした口調の中にも静かな闘志を感じさせる抱負を語りました。
感想戦後の会見では「5月頃からAI研究の比重を減らして棋譜並べや詰将棋でトレーニングしていることが好調の要因」と明かし、「伊藤叡王がタイトル奪取できたのは中終盤の強さだと思っているので、自分ももっと中終盤を磨いて臨みたい」という趣旨の話もありました。2月に始まる五番勝負が、これまでにない展開の熱戦になることを期待したいと思います。
棋王戦コナミグループ杯は、共同通信社と観戦記掲載の21新聞社、日本将棋連盟が主催しています。
本稿は「棋王戦の棋譜利用ガイドライン」(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#kiou) に従っています。インターネットでの棋譜の利用はすべて「営利を目的とする」ものとみなす(有償)と通知がありましたので、棋譜の利用は断念しています。