「観る将」が観た第71期王座戦五番勝負第三局
9月27日、王座戦五番勝負第三局が名古屋市の名古屋マリオットアソシアホテルで行われました。両者1勝1敗のタイスコアとなり、永世称号を目指す永瀬拓矢王座か、全冠制覇を目指す藤井聡太竜王名人か、勝った方があと1勝と迫る注目の一局となりました。
前日のインタビューで、永瀬王座は「とても厳しいかと思いますが、一生懸命頑張りたいと思っています」、藤井竜王名人は「重要な一局と思っているので、一日しっかり集中して良い内容の将棋にできればと思っています」と抱負を述べています。
永瀬王座の注文
広い和室に設営された対局室に、永瀬王座が水色の着物と青地に細い紺色の縞模様の袴に灰色の羽織で入室すると、藤井竜王名人は紺色の着物と青丹色の袴に薄黄色の羽織で入室します。後手の永瀬王座は4手目に角道を止め振り飛車も匂わせる注文を付け、藤井竜王名人が3筋の歩を突いて急戦を志向すると、9筋の位を取ります。藤井竜王名人は27分の熟考で銀を3筋に繰り出し、永瀬王座が7筋の歩を突くと、3筋の歩をぶつけます。
両者とも袖飛車
永瀬王座が7筋の歩をぶつけると、藤井竜王名人は3筋の歩を取り込んでから7筋の歩を取ります。永瀬王座は袖飛車にして7筋の歩を取って王手し、藤井竜王名人が6筋に玉を引いてかわすと、52分の長考で飛車を四段目に引きます。藤井竜王名人も飛車を3筋に寄せ、永瀬王座が7筋に桂を跳ねると、次の33手目を考慮中に昼休となりました。各5時間の持ち時間の内、残り時間は永瀬王座が3時間31分、藤井竜王名人が3時間21分となっています。
永瀬王座の端攻め
藤井竜王名人が昼休を挟む22分の熟考で3筋の銀を前進すると、永瀬王座は4筋の歩を突いて飛車の横利きで3筋の銀に紐を付けつつ角道を開けてぶつけます。藤井竜王名人は5筋の歩を突いて角交換を拒否しますが、永瀬王座が40分の熟考で9筋の歩をぶつけると、意表を突かれたのか42分の熟考返しで同歩と応じます。永瀬王座は9筋に歩を垂らし、藤井竜王名人が香で取ると、香取りに△8五桂と跳ねます。藤井竜王名人が押さえ込まれそうな角を6筋に飛び出すと、これまでほぼ互角と示していたAIの評価値が永瀬王座の60%とわずかに傾きます。
桂香の攻防
永瀬王座が桂香交換してすぐ金取りに△5六香と打つと、藤井竜王名人は桂で合い駒して金を守ります。永瀬王座が9筋の香を走ると、藤井竜王名人は桂を8筋に跳ねてかわします。次の48手目を永瀬王座が考慮中に夕休となりました。AIの評価値は永瀬王座の66%と傾きましたが、ABEMA解説の村田(顕)六段は「先手持ち」(先手の方が指し易い)と話しており、まだまだ難しい状況のようです。残り時間は永瀬王座が1時間20分、藤井竜王名人が1時間32分となっています。
銀交換からの攻め合い
夕休が明け、永瀬王座が9筋の香を成ると、藤井竜王名人は59分の長考で残り32分となり、飛頭に歩を打って自陣への直射を遮ります。永瀬王座が飛車を6筋にかわすと、時折肩を落として項垂れていた藤井竜王名人は▲4五銀とぶつけ、攻め合いに活路を求めます。永瀬王座が25分の熟考で残り36分となり、銀交換に応じてから飛金両取りに△4九銀と打つと、藤井竜王名人は飛車を浮いてかわします。AIの評価値は永瀬王座の91%と勝勢を示しています。
痛烈な金の両取り
永瀬王座が残り10分まで考えて、飛車を角と刺し違え、金銀交換してから△5七金と先手玉に迫ります。藤井竜王名人は▲5六飛と香を食いちぎって詰めろを逃れ、角桂交換してから王手で飛車を打ち込みます。1分将棋に突入した永瀬王座が手堅く飛車で合い駒すると、AIの評価値は大きく揺れてほぼ互角に戻ります。藤井竜王名人が先手玉を押さえ込む金と後手陣の要の金の両取りに▲6五角と打つと、永瀬王座は5筋の歩を突いて自陣の金を守ります。
電光石火の逆転劇
藤井竜王名人が飛車を交換してから自玉の上部を押さえる金を角で取ると、先手陣は見違えるように広くなります。永瀬王座は桂と飛車で連続王手し、飛車で桂を取って竜を作りますが、AIの評価値は藤井竜王名人の97%と大逆転を示しています。藤井竜王名人も1分将棋となり、4筋に香を打って王手しつつ上部からの反撃に備えると、永瀬王座は歩で王手を逃れます。藤井竜王名人が金取りに銀を打ち込み、3筋の桂頭を歩で叩くと、受けが難しくなった永瀬王座は投了を告げました。
まとめ
本局は後手の永瀬王座が力戦に誘導し、藤井竜王名人が考えたことがなかったという9筋の位を取っての雁木に構えました。藤井竜王名人が3筋から仕掛けましたが、永瀬王座は7筋から反発し、飛車の横利きで3筋の銀を支えて受け止めました。永瀬王座が居玉のまま9筋を端攻めすると、藤井竜王名人は懸命に反撃の糸口を探りましたが、形勢の針は永瀬王座に徐々に傾きました。「はっきり負けにしてしまった」と感じた藤井竜王名人が斬り合いに活路を求めて飛車で王手すると、永瀬王座は手堅く飛車で合い駒しましたが、「エアポケットに入ってしまった」という金の両取りを浴びて形勢が入れ替わり、急転直下の終局となりました。
終局後も敗者の様にうつむいていた藤井竜王名人は、次局への抱負を聞かれると「本局は序盤から押されてしまってかなり苦しい将棋だったので、第四局はまずは内容を良くすることを意識して臨みたいと思います」と話しました。私たちには全冠制覇に向けて大きな1勝に見えますが、目先の勝利より強くなることを目指している藤井竜王名人にとっては、喜びより反省の方がはるかに大きな一局だったのかもしれません。
サバサバした表情でインタビューに応じた永瀬王座は「引き続き精一杯頑張りたいと思います」と簡潔に話しており、先手番となる次局での好局に期待したいと思います。
本稿は王座戦の棋譜利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#ouza)に従っています。
第71期王座戦五番勝負第三局、主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟