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NHKスペシャル「藤井聡太vs.伊藤匠 AI時代 将棋の新たな地平」を観て

9月8日にNHKスペシャル「藤井聡太vs.伊藤匠 AI時代 将棋の新たな地平」が放映されました。観る将としての感想を記しておきたいと思います。

将棋界では、全八冠を制して絶対王者となった藤井聡太竜王名人が、4月から6月に掛けて行われた叡王戦五番勝負で、伊藤匠七段の挑戦に敗れて七冠に後退するという新たな時代の転換期を迎えました。番組では2人の叡王戦の戦いを中心に、将棋界がAIとどのように向き合っているのかを紹介していました。

冒頭で羽生善治九段は「AIのまねだけしていても価値はないので、五里霧中の中で最善の一手を探し続けていた」と評しています。藤井竜王名人も「新しい未知の局面の中で、高度なラリーが続くような将棋を目指したい」と話しており、人間同士の戦いの中でお互いが最善を尽くす将棋を目指していることがわかります。番組の最後に藤井竜王名人は「後世の人が自分の将棋を見たときに、少しでもおもしろいと思ってもらえるような棋譜を残したい」とも話しており、AIの示す手が必ずしもおもしろい訳ではないと、暗に語っているように感じます。藤井竜王名人は名人を奪取した頃から「おもしろい将棋」と何度も口にしていますが、幼少期に指導を受けた文本力男先生の「踏み込む将棋が聡太の宝」という言葉が、藤井将棋のおもしろさを的確に表現しているように思います。

叡王戦第二局は、伊藤七段が公式戦12局目で初めて藤井叡王に勝ちました。藤井叡王はこの対局でAI的には最善ではない3三金型の角換わりを採用しています。「竜王戦の時と比べると、棋王戦では伊藤さんが成長していると感じていたので、叡王戦はさらに大変な戦いになると考えていた」という藤井叡王は、「伊藤さんの予想を外す意図はひとつあったけれど、ただそれだけをねらっていたということではなくて、ある程度うまく戦えればおもしろいのかなという考えがあって指してみた」と語っています。藤井叡王は以前から記録への執着心はなく、勝ちたい気持ちよりも自分がおもしろいと思う将棋を指したい気持ちが強いのかもしれません。

叡王戦第五局では、藤井叡王が銀を相手の歩頭に差し出す意表を突く一手から攻勢を掛けました。伊藤七段は「その瞬間の気持ちとしては、かなり血の気が引いた」と話しています。一方で藤井叡王は「かなり珍しい手ではあると思うので、その先どういう展開になるのか関心もあった」と話しています。この一局は伊藤新叡王が誕生することになる、周囲から見ればとても重要な一局でしたが、藤井叡王としてはこの最高の舞台で新しい未知の局面を作り、高度なラリーを続けたかったのだと思います。番組ではあまり触れられていませんでしたが、藤井叡王が投げかける数々の難題に対して、伊藤七段は完璧なラリーを返し続け、後世の人もおもしろいと思うであろう名局が生まれることとなりました。

藤井竜王名人は「伊藤さんが自分にはない強さをいろいろ持っていると感じた」、伊藤叡王は「藤井さんに少しでも近づきたい気持ちは常にある。もちろん実力はまだ藤井さんのほうが高いかなと思うしそこは変わらない」と、お互いの強さを認め合っています。同い年の若い2人が、これから先どんなおもしろい棋譜を残してくれるのか、とても楽しみに思っています。

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