見出し画像

「観る将」が観た第48期棋王戦挑決トーナメント敗者復活戦 藤井竜王vs伊藤(匠)五段

11月29日、棋王戦コナミグループ杯の挑戦者決定トーナメント敗者復活戦、藤井聡太竜王と伊藤匠五段の対局がありました。藤井竜王は準決勝で佐藤天彦九段に敗れ、伊藤五段は羽生善治九段に敗れて敗者復活戦に回っています。

両者は同学年で、小学生時代には伊藤五段が勝って藤井竜王が大泣きしたというエピソードが有名ですが、プロ入り後の対戦成績は藤井竜王の1勝0敗です。今後数々の名勝負を繰り広げるであろう二人の対戦は、将棋界が注目する一局となっています。


戦型は角換わり相腰掛け銀

振り駒で先手となった藤井竜王が角換わりに誘導し、伊藤五段は受けて立ち相腰掛け銀の将棋となります。藤井竜王は9筋の位を取り、伊藤五段が6筋に銀を上がってぶつけます。藤井竜王が銀を5筋に上がってかわすと、伊藤五段は自陣の好所に角を打ちます。

銀の突進

伊藤五段が角の利きを活かして銀を斜めに突進すると、藤井竜王は銀を交換してから玉を6筋に戻して受けます。伊藤五段が歩で角を支えると、藤井竜王は4筋の歩をぶつけます。伊藤五段が5筋の歩を突いて銀に当てると、藤井竜王は銀を6筋に前進します。伊藤五段が8筋の歩を突き捨ててから6筋の玉頭を歩で叩くと、藤井竜王は玉を後手の角頭に上がってかわします。

前例のある激しい進行

伊藤五段は王手で銀を打ち、藤井竜王が玉を8筋にかわすと、打ったばかりの銀を先手の飛車の利きに進めて金に当てます。この銀を取ると飛車先を突破される筋があるので、藤井竜王は銀で後手の角を支える歩を取ります。いきなり激しい展開になりましたが、今年の王座戦第二局(先手:豊島九段、後手:永瀬王座)と同じ進行で両者ともほとんど時間を使わずに指し進めます。

伊藤五段の工夫

伊藤五段が銀で金と桂を取る間に、藤井竜王は金で角を取ります。伊藤五段が銀と金で飛車を捕獲すると、藤井竜王は7筋の桂頭を歩で叩きます。伊藤五段はいったん玉を入城させて両取りの筋を回避して前例を離れますが、藤井竜王は歩で桂を取り、更に歩で金頭を叩きます。

藤井竜王の馬と伊藤五段の竜

前例を離れても両者の指し手は早く、藤井竜王が角を打って好所に据えると、伊藤五段は飛車を5筋に回して角に当てます。藤井竜王は金を取って馬を作り、伊藤五段も竜を作ります。この時点で駒割りは互角、先手陣は崩壊していますが、後手も金銀2枚が遊び駒になっており、AIの評価値はほぼ互角です。

反撃の拠点

藤井竜王が7筋に"と金"を作ると、伊藤五段は金取りに飛車を打ち込みます。藤井竜王が玉を上がって金に紐を付けると、伊藤五段は8筋に歩を打って先手玉の退路を塞ぎます。先手玉は絶体絶命に見えますが、藤井竜王は平然と4筋の歩を取り込んで反撃の拠点を作ります。AIの評価値はわずかに伊藤五段に振れましたが、数分経つとほぼ互角に戻ります。伊藤五段が初めて手を止め、次の84手目を考慮中に昼休となりました。各4時間の持ち時間の内、残り時間は藤井竜王が3時間31分、伊藤五段が3時間15分となっています。

伊藤五段の猛攻

伊藤五段が昼休を挟む50分の長考で先手玉を守る金取りに桂を打つと、藤井竜王は取れる桂を取らずに金を6筋に上がってかわします。伊藤五段が9筋の歩をぶつけると、藤井竜王は銀で8筋の歩を取って玉の退路を拡げます。伊藤五段は6筋の歩を成って竜の利きで王手しますが、AIの評価値は藤井竜王の68%と藤井竜王に傾いてきました。

竜の毒饅頭

藤井竜王が玉を9筋に上がってかわすと、伊藤五段は29分の熟考で9筋の歩を取り込み王手します。かわすと詰んでしまうので藤井竜王は銀で取りますが、伊藤五段はタダで取れる位置に竜を差し出します。この竜を玉で取ると寄せられてしまうので藤井竜王は8筋に上がってかわしますが、伊藤五段は竜を引いて玉を追ってから竜で金を食いちぎります。

藤井竜王の長考

この竜は歩で取れますが取ると金で玉を追い返されてしまうので、藤井竜王は63分の長考の末、9筋に歩を打って香の利きを遮断します。伊藤五段が先手の守りの要となっている馬取りに歩を打つと、藤井竜王は後手の攻撃の拠点となっている竜取りに銀を打って馬と竜を取り合います。伊藤五段はもう1枚の飛車で銀を取り竜を作りますが、藤井竜王は銀を上がって竜に当てます。

伊藤五段の長考

伊藤五段は71分の長考で歩で王手し、玉で取らせてから竜で銀を取りますが、藤井竜王は金を打って竜を追います。藤井竜王が攻防の角を放つと、伊藤五段は残り11分まで考えて、先手玉を守る"と金"を歩で取って下駄を預けます。1時間半程残していた藤井竜王は13分の少考で後手陣の金を角で食いちぎり、金と飛車で後手玉を縛ります。

難解な終盤戦

伊藤五段が先手の玉頭に銀を打って王手すると、藤井竜王は慎重に9分考えて玉を前進してかわします。伊藤五段は2枚の角を続けて王手で打ち、更に王手を続けて金を犠牲に先手の竜の利きを遮断します。素人目には先手玉は入玉したもののかなり危険な状態に見えますし、後手玉も寄せ切るにはまだ手数が掛かりそうに見えます。

読み切りの寄せ

ABEMAでは解説の伊藤真吾六段が「あれ、あれ、嫌な雰囲気出てきたぞ」と言って藤井ファンをドキドキさせていますが、藤井竜王は読み切っているようで落ち着いています。伊藤五段は桂で金を取って自玉の詰めろを逃れましたが、藤井竜王はすぐに角を打って王手します。藤井竜王が135手目に金で王手すると後手玉は受けなしとなり、伊藤五段は姿勢を正してから投了を告げました。

まとめ

本局はお互いに研究十分の展開となり、開始1時間程で前例のある67手目まで進みました。前例は千日手指し直しとなっていましたが、伊藤五段が工夫を見せて前例を離れると、先手玉を激しく攻め続ける将棋となりました。藤井竜王は一手間違えれば詰まされてしまう状況の中、ギリギリの受けで上部に脱出して入玉を果たし、午前中に築いた反撃の拠点を活かして後手玉を追い詰めました。それでも伊藤五段は諦めずに連続王手で先手玉に迫る執念を見せましたが、全てを読み切った藤井竜王の前に力尽きました。
対局後のインタビューでは、お互いに本局を「楽しみにしていた」と話していましたが、今後この二人が将棋界の歴史をどのように作っていくのかを想うと、観る将としても非常に楽しみになります。
勝った藤井竜王は次戦で羽生善治九段と王将戦七番勝負の前哨戦とも言える対局を戦い、勝者は佐藤天彦九段との挑決二番勝負に挑みます。六冠目のタイトル獲得に望みをつないだ藤井竜王の勝ち上がりに期待したいと思います。
伊藤五段は、今期のベスト4入りでシードされる来期の棋王戦をはじめ、タイトル戦への登場が待たれます。本局の二人が近い将来タイトル戦で顔を合わせることを楽しみにしたいと思います。

棋王戦コナミグループ杯は、共同通信社と観戦記掲載の21新聞社、日本将棋連盟が主催しています。
本稿は「棋王戦の棋譜利用ガイドライン」(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#kiou)に従っています。インターネットでの棋譜の利用はすべて「営利を目的とする」ものとみなす(有償)と通知がありましたので、棋譜の利用は断念しています。

いいなと思ったら応援しよう!