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日本の食は、アメリカを席巻できる!――でも戦略は必要だ〈前編〉
人口は増加中、市場規模は巨大、日本食への関心はかつてないほど高い――そんなポテンシャルに満ちあふれた米国市場へ進出して成功するために必要なこととは?
『日本企業が成功するための米国食農ビジネスのすべて』を刊行した石塚弘記氏、現地で食品系スタートアップを支援する大西ジョシュ氏が登壇した、刊行記念セミナー(2024年12月13日)の様子を前編と後編の2回に分けてお届けする(一部加筆修正)。
石塚弘記 Hiroki Ishizuka
2001年に大学卒業後、外資系戦略コンサルティングファームを経て2007年に農林中央金庫に入庫。本店および支店で主に法人融資業務に従事。2020年よりニューヨーク支店で法人融資に注力する傍ら、日系食農関連企業による「米国メインストリームへのバリューチェーン構築に向けたプロジェクト」を著者3名で協同して企画・推進している。
大西ジョシュ Josh Onishi
JO CapitalのPresident & CEO。連続起業家。コロンビア大学MBA卒、大阪大学経済学部卒。欧米でCEO/CFOなどエグゼクティブとして25年以上活躍。投資先3社の食品がWhole Foods Marketなど全米5,000店舗に展開中。
石塚氏は、アメリカで400社以上と面談し、ようやく現地の食農業界の全容が見えてきたという。一方で大西氏は、アメリカに20年以上在住しており、現地のビジネス文化に非常に詳しい。
2人とも共通して、「日本の食はアメリカを席巻できるポテンシャルがある」と強く感じている。しかし現実では、日本の食農企業がアメリカのメインストリームで、つまりアジア系スーパーなどではなく現地の小売で成功している例は多くない。
では、なぜ成功できないのか。この疑問に答えるべく、次の2点にフォーカスしながら、日米の意外な違いやアメリカ進出のポイントについて語る。
Point1 アメリカと日本の違いに気づいていない
=アメリカ進出のために「変える」必要に気づいていない
Point2 アメリカの商習慣についていけていない
=アメリカの情報戦・人脈の大切さを知らない
そもそもなぜ、アメリカを目指すべきなのか?
大西 今回の書籍の前提でもありますが、そもそもなぜ、日本の食農企業はアメリカに進出すべきなのか。
まず非常に重要なのは、市場規模の大きさです。現在、アメリカの食品に関する市場の規模は、2024年だけで257兆円。これはレストランでの外食、食品の購入などの市場です。この大きな市場があるから、みなさんが狙っているというのが1つあります。
石塚 おっしゃる通りです。アメリカでは人口も増えていますから、特に狙いたい市場です。
大西 国連の推計によれば、2050年までの人口増加の1位はインド、2位は中国、続いて3位がアメリカとなっていますね。欧米でトップ10に入っているのはアメリカだけ。欧米の中で次点は、ドイツが19位と大きく下がります。人口が伸び続ける国というのは、市場も伸び続ける。そのことはハッキリしていると言えます。
石塚 アメリカは多民族国家でありながら、国としての法律は1つというのも強みですよね。ヨーロッパ諸国もEUとしてまとまっていて大きな市場ですし、アジアも束ねればかなり大きな市場であり、しかも食文化が似ているというメリットがあります。
それでも、各国ごとに法規が違う。輸入に関する条項が国によって異なります。一方でアメリカは、どれだけ州ごとの特色が異なっても、1つの法律をクリアすればいい、というのも魅力かなと思います。
大西 アメリカは、輸入についてかなり規制が厳しいほうですよね。そういう意味では、難易度は決して低くはないですが。
石塚 そうですね。裏を返せば、アメリカの法規制に合致すれば、他のどんな国でも大体通用するともとれます。そういう意味でも、アメリカを目指す意義があるでしょう。
アメリカ人はそもそも何を食べている?
Point1 アメリカと日本の違いに気づいていない
石塚 では、アメリカに食農ビジネスを展開するときに、どうしてうまくいかないのかという本題に入りましょうか。日本食がアメリカでどんなイメージを持たれているのか客観視すること、また、日米で「食」に対する考えがどう異なるのかを理解することが重要な鍵になりますよね。
大西 日本人との違いを見るためにも、アメリカ人が食においてどのようなことを重視しているかが重要ですよね。先日、The Food Institute主催のセミナーで、あるアンケート結果が紹介されたのですが、味、匂い、見た目、手触りや音など、何を重視するかという質問に対し、69%が「味を重視する」と回答しています。匂いが61%、見た目が42%と続きます。
石塚 味が69%とは、かなり低い数値のように感じますね。
大西 日本やフランスなど、食が比較的豊かな国であれば、もっと味を重視する傾向があります。ここが日米の第一の違いですね。
私にお話を持ってきてくださる方の多くが、「これ食べてみてください。とってもおいしいでしょう。これならアメリカでも売れると思うんです」とおっしゃる。もちろんとってもおいしいです。が、アメリカではそれだけでは売れない。
石塚 味わいだけでなく、食感にも重点を置きがちという感じがします。
大西 そうそう。「味」の中に「舌触り・食感」といった要素も含まれるんですよね。アメリカの人たちは、サクサク感などを味の一部として取り入れているんです。例えば、「このお寿司はサクサクしておいしいね」と言う。天ぷら寿司の衣がサクサクしているのがおいしい、と。彼らにとっては、旨味を重視したおいしさ、繊細な味つけという観点だけでなく、食感も大きな要素となるわけです。
麺を食べる日本人vsスープを食べるアメリカ人
大西 日米の食のとらえ方の違いについて、ラーメンの例でも見てみましょう。アメリカでは最近、ラーメン産業がとても伸びていて……。出店数はどのくらいでしたかね?
石塚 もう2万店にも上るんのではないかと聞いています。かなり増えていますよ。
大西 2万店! これはすごい数字だと思うんですよ。お寿司は1970年、1980年代あたりから何年もかけて広まりましたが、ラーメンはこの10年くらいで一気に広まったと思います。
石塚 しかし、成功しているのは日本企業ではなく、中国系、韓国系、米系だったりしますね。
大西 それが、アメリカではラーメンの何を重視しているのかという、見極めの問題につながってくると思っています。日本人はラーメンとなると、麺や具、スープなどすべての要素にこだわりますよね。一方でアメリカ人は、必ずしも麺を食べたいわけではないんです。彼らが重視しているのはずばり、スープです。
石塚 日本では特に、つるっとした麺にこだわる印象がありますよね。
大西 ところがアメリカでは、麺を残してスープを飲み切るような人も多い。
石塚 そうそう。すごく驚きました。
大西 アメリカには、「チキンヌードルスープ」というものがあります。これは全米のダイナーなどでも出る定番料理ですが、麺にはまったくこだわりがなく、ふにゃふにゃの伸びた麺がスープの中に入っているものです。主体はスープで、麺はおまけ。この上位互換としてラーメンが現れた、とアメリカではとらえられている。
彼らにしてみたら、ラーメンはとてもおいしいスープなんです。だから最初から麵ではなく、スープをどんどん飲んでいきます。となると、日本のように熱々だと彼らにとっては飲みにくい。そこでアメリカのラーメンは、日本のものよりもずっとぬるい設定になっています。
石塚 アメリカでも日本と同じラーメンを提供するのが正しく、”善”だという考え方で、柔軟性がないと、どうしても失敗につながってしまいますね。
大西 アメリカの食習慣を本当の意味で理解しないと、特定の商品がなぜ売れるのかという背景をつかむことができません。ラーメンでいえば、麺にこだわった売り方をしたら、「日本文化を理解できる人」にしか良さが伝わらない。ロサンゼルスやニューヨークといった日本人コミュニティの強い土地であれば、商機はもちろんありますが、全米規模を目指すと一気に難しくなります。
全米で販売されている「スパイシー・チキン・ラーメン・ボーン・ブロス」も有名ですよね。ラーメンという名がついていますが、麺も何も入っていない、ただのスープです。
石塚 これが、10ドル弱くらいの値段で売られている。決して安くはないですよね。
大西 でも、これが全米で非常によく売れている。ただ、これをどうやって料理に使っているのか、僕にはわからないです(笑)。もしかすると、麺など使っていないかもしれない。
ちなみにヨーロッパでも、スタートアップがラーメンスープだけを販売していて、すごく成功しているという話も聞きます。でも日本企業は、ラーメンの歴史がこれだけ長い中で、「スープだけ売ろう!」とはなかなか思い至れない。
石塚 アメリカは市場がとても大きいので、都心部であれば日本のスタンダードなラーメンだけでも十分戦えるのは、大西さんのおっしゃった通りです。でも、全米のメインストリームで勝負したいなら、どうしてメインストリームの人たちはこれを食べるのか、というところまで深く考えたいですね。
抹茶の味は「クリーミー」⁉ アメリカで好まれる意外な理由
大西 もう1つ、アメリカで流行しているといえば抹茶が挙げられると思います。
石塚 大西さんは抹茶がお好きですよね。
大西 そうです。日本に行けば、必ずお茶の先生にお茶をたてていただくくらいです。
抹茶は、アメリカでとても流行っています。だから、「アメリカでお茶屋さんをやったらすごく売れるんじゃないか」というお話をよくいただきます。もちろん一定の需要は見込めると思いますが、ラーメンと同じで、メインストリームの方々が抹茶に何を求めているのかを理解する必要がある。
石塚 アメリカ人が抹茶のどこに魅力を感じているか、という点ですね。
大西 アメリカ人にとって抹茶の魅力は、中に含まれる「アダプトゲン」という成分です。これは高麗人参などにも入っていて、ストレスや精神的な疲労を軽減する効果があるといわれています。今、アメリカでは身体的な健康はもちろんですが、心の健康や精神的な健康も重視する傾向があります。その中で、抹茶はスーパーフードとして注目を集めているんです。
石塚 抹茶は、日本でいうお茶としての楽しみではなく、アダプトゲンを含む食品として価値が高い、ということわけですね。いわば健康食品であると。
大西 しかも、抹茶の味が、我々が思っているものと全く異なるんですよね。僕はよく、「抹茶のどこがいいですか」とか「抹茶の味ってどう思いますか」とアメリカの方々に聞いているんですが、「クリーミーでおいしいよね」といった返答がある。
石塚 クリーミーとは、意外というか思いつかないですね。我々の思う抹茶の渋みやスッキリしたイメージとは全くかけ離れている。
大西 彼らにとって抹茶の味というのは、抹茶ラテなんですね。本当の意味でお茶の味が好きで消費している人は少ない。このくらい大きな誤解が生じているということが、メインストリームで戦う上では重要な視点です。
石塚 となれば、先ほどの「お茶屋さん」の需要は一部にとどまりますね。では、どのような売り方がメインストリームに最も合っているとお考えですか?
大西 例えばこちらで成功しているものとして、抹茶味のアイスだったり、抹茶ラテだったり、その味にするためのパウダーがすごく売れているので、ぜひそういったところから攻めてみてほしいです。
石塚 しかしそもそも、アメリカのメインストリームの情報は日本になかなか届かない。この点が「アメリカと日本の違いに気づいていない」というポイントにつながってきますね。
大西 先ほどのラーメンでもそうですが、こういった例は数多くあります。メインストリームに進出しようとしたときにうまくいかない理由が、日本に住んでいるとつかめない。そうなってしまうと、的外れなところに時間やお金を費やしてしまう。「アメリカではどうか?」という一番重要な部分から外れてしまっている可能性を、常に意識する必要があります。
まずは日本サイドで、アメリカやヨーロッパの方を商品開発のメンバーに加えるといいかもしれません。そうすれば、日本サイドできちんと揉んだものをアメリカへ持っていける。そういった人を積極的に雇って商品を開発するというのも、1つの手かなと思います。