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日本の食農企業がいまアメリカを目指すべき理由とは

土地は広大で、人口も増えており、日本食への関心も高まっている。日本の食農企業にとって、かつてない好機に満ちたアメリカに進出するのはいまが重要なタイミングです。

ですが、アメリカ市場に進出したものの、ビジネスに失敗する企業も少なくりません。日本からアメリカという物理的な距離、アメリカの厳しい食品輸出規制、現地パートナーの不在など、失敗にはさまざまな原因があります。

これらの問題を乗り越え、熱い市場であるアメリカに進出するには何が必要なのでしょうか。そのガイドとなるのが『日本企業が成功するための米国食農ビジネスのすべて 商流の構築からブランディングまで』(翔泳社)です。

本書では食農ビジネスを専門にする著者陣が、アメリカで400社以上と情報交換して得た「アメリカ食農市場の攻略法」を解説しています。

進出すべき市場や地域の選定、現地パートナーや業者との関係構築、日本やアジアとはまったく異なるアメリカ人好みの味やパッケージなど、流通やブランディング、さらに今後のトレンド予測まで、これからアメリカを目指す日本の食農企業のための情報が1冊にまとめられています。

今回はなぜアメリカがそれほど魅力的な市場なのかを解説した「第1章 米国へ進出すべきこれだけの理由」を抜粋して紹介しますので、ぜひ参考にしていただければと思います。

◆著者について
石塚弘記(いしづか ひろき)

2001年に大学卒業後、外資系戦略コンサルティングファームを経て2007年に農林中央金庫に入庫。本店および支店で主に法人融資業務に従事。2020年よりニューヨーク支店で法人融資に注力する傍ら、日系食農関連企業による「米国メインストリームへのバリューチェーン構築に向けたプロジェクト」を著者3名で協同して企画・推進している。

關 優作(せき ゆうさく)
2011年に米大学卒業後、農林中央金庫に入庫。2017年より米ニューヨーク支店にて主に法人融資に従事する傍ら、2021年より「米国食農バリューチェーン構築プロジェクト」を著者3名で企画・推進。米国食農市場を構成する多様な企業・団体との人脈形成を行い、在米日系食農関連企業の業務推進等を支援。2024年の帰任後、食農関連PEファンド投資を担いつつ、ファンドポートフォリオ企業と日系食農関連企業等における事業連携の創出に注力している。

田中 健太郎(たなか けんたろう)
2013年に大学卒業後、農林中央金庫に入庫。本店での法人融資、子会社での投資信託の組成・営業に従事。2020年よりニューヨーク支店で法人融資を担当する傍ら、日系食農関連企業に対する「米国メインストリームへのバリューチェーン構築に向けたプロジェクト」を著者3名で協同して企画・推進している。


米国へ進出すべきこれだけの理由

なぜ、日本の食農分野の企業は米国を目指すべきなのか。

まず、米国は世界最大の単一市場で、ポテンシャルの大きなマーケットです(図1、2を参照)。

図1 名目GDPの推移(単位:10億ドル)
図2 1人あたり名目GDPの推移(単位:ドル)

米国にも他国同様、FDA(Food and Drug Administration、米国食品医薬品局)やUSDA(United States Department of Agriculture、米国農務省)などによる規制があります。

こうした規制をクリアできると、あらゆる指標で日本の数倍におよぶ大きな単一市場に参入するための前提が整います。人口は3億3,650万人、名目GDPは27兆3,609億ドル、1人あたり名目GDPは8万1,624ドルにのぼります。

EUやASEANも、束ねると大きな市場ではありますが、加盟国によって食品規制や貿易上の手続きなどがそれぞれ異なり、それらに合わせる必要があります。一方、米国ではそのような必要がないことが参入の魅力と言えます。

縮小を続ける日本市場

一方で、日本市場はどうでしょうか。日本の国際競争力の低下は、GDPの順位下落からも顕在化しており、一層の少子高齢化からも解決が難しいように見えます。

大胆な移民政策などが導入されない限り、日本の人口はこれから自然体で減少していく状況です。図3の通り、日本の人口ピラミッドは40代より若い世代が少ない「つぼ型」で、日本全体の胃袋の数が減少していくことは明らかです。つまり、日本市場の縮小は避けて通れません。

図3 「つぼ型」の日本と、「つりがね型」の米国

一方、米国は高齢層以外の人口比率がほぼ変わらない「つりがね型」であ
り、今後も安定した人口構成が維持されることを表しています。

さらに、図4の通り、日本のインフレを考慮した国内消費者物価指数(CPI)は安定している一方で、他国では25年間以上にわたり上昇を続けています。これはつまり、日本の実質所得が、主要な世界各国と比較すると低下を続けていることを表しています。

図4 各国の消費者物価指数(CPI)の推移

これは、国内物価の安定(一時的にはデフレ)に慣れてしまい、インフレが発生しない(させない)各種政策もあり(ここでは詳細まで触れませんが)、日本国民全体がゆでガエルになってしまい、他国との差が開いたからではないでしょうか。

さて、本題に戻しますと、国内市場については、やはり安定したマザーマーケットとしての重要性は揺るがないのですが、成長を望むのであれば他国市場への参入が必要と考える理由は上述の通りです。

では、他国市場のうちどこが良いかと言うと、各社の商品やリソース(人・モノ・情報)に応じて、アジア市場が適切であったり、戦略面で欧州市場が良かったり、それぞれ千差万別です。

本書では、そうした中でも市場規模や規制面などから米国市場が魅力的であること、その一方で市場の攻略には難しさがあること、その攻略には方法論があることをお伝えしたいと思います。

ブローカーらとの関係構築は必須

米国に進出するとなった場合、国土が広大であるため、それぞれの州や地域で商流や物流を構築するうえで、現地のその分野のブローカーやディストリビューターと関係を構築することは避けられません。

確かに、全米を一気通貫で対応してくれるブローカーやディストリビューターもいますが、初めから彼らと取引を開始できる日系参入企業はほぼないと言っていいでしょう。その理由は、米国で商品を販売・流通させていない企業の商品を、彼らは取り扱わないからです

そして、何らかの理由で彼らが販売量などを度外視して取り扱いを検討してくれる場合でも、米国全土に商品を流通させるための物量やコストなどを鑑みると、リスクが高いと私たちは考えます。特に、全米に販売する場合の取扱量は莫大であり、万が一、欠品させてしまった場合のペナルティも非常に大きい。しかも、一度撤退してしまうと再参入には大きな障害となります。

以上の点からも、進出する地域などを絞り、小さな成功を着実に積み上げ、オセロゲームのごとく、時間はかかっても米国市場の販路を着実に拡大することで、最終的に大きな成功を手にできると考えています。

米国のどの地域に進出すべきか

では、広大な米国のどの地域にターゲットを定めれば良いのでしょうか。

母国や家庭で慣れ親しんだ「味」や「食材」を求め、自宅で料理したりレストランで食べたりするのは自然なことだと思います。皆さんも、海外旅行中に日本食を食べたくなった経験はありませんか? 日本食はなくても、風味がより日本食に近く、コメや麺を利用している中華料理など、アジアの味を求めた経験がある方が多いのではないでしょうか。

やはり、「食」は文化でもあるため、どの国でも自国の味を求める“保守的”な傾向はあります。よって、アジア系人口が多い地域に進出するのは、戦略として有効だと言えます。

米国ではアジア系人口が増加しており、アジア食も浸透しつつあるため、まだまだ日本食の浸透余地があると考えています。また、アジア系人口が比較的少ない中西部でも、日本食レストランが開業するなど日本食は着実に浸透しています。

例えば、テキサス州ダラスでは、トヨタ自動車の米国本社機能がカリフォ
ルニア州から移転してから、日系・アジア系企業の進出が増加しました。税制や規制が企業にとって有利なことも追い風となりました。それに伴い、日本食レストランやスーパーマーケットが着実に増えています。

同じように、アリゾナ州に台湾のTSMCが、テキサス州に韓国のサムスンが進出したことで、日本食が浸透拡大する素地ができていると思います。

図5、6 の通り、米国のアジア系人口は依然として西海岸が多いものの、全米に広がりつつあり、今後も人口は増え続ける見通しです。

図5 米国のアジア系人口は19年でほぼ倍増(単位:1,000人)
図6 アジア系米国人の半数近くは西部に居住(アジア系米国人全体に占める割合、2019年時点)

「食」という“保守的”な文化については、その味に慣れ親しんだ一定の人口がいないと、いくら商流を構築しても商品は売れません。そのため、「浸透する素地のある地域に商流を構築する」という原則に従って考えると、こうしたアジア系の人口動態は、日本食が売れる素地が拡大していることを示しています。

「寿司」はこうして全米に広まった

日本食が米国に広まった一例として、「寿司」がどのように定着したか書かせていただきます。

米国では、1960年代から大都市を中心に寿司レストランが生まれていきました。ただ、寿司ネタの販売や物流などが、全米を貫いてはでき上がっていませんでした。というのも、全米で大きく普及していなかったためコールドチェーン(低温物流)がなく、運ぶ人もいなかったからです。

それが1980年代に入り、米国で寿司が大きく拡大していきました。その理由は当時、日系企業の米国への急激な進出に伴う、日系駐在員の増加とアジア系人口の増加にあります。日系企業の進出地域やアジア系人口の多いカリフォルニア州などから、じわりじわりと西海岸全域とニューヨーク近郊に拡大していったと考えられます。

その頃から、日系の商社やディストリビューターが商流を構築し、現在ではどこでも寿司を食べられるようになっています。これは、米国で商流を作り上げるうえでの強い熱意、そして努力や苦労があったものと容易に想像できます。

現代では考えられないほど情報が限られ、米国商流へ日本人が参入することに対する米国側の抵抗があった当時においては、並々ならぬご苦労があったと推察できます。

ただ一方で、「寿司」=「日本」なのでしょうか? 米国の寿司レストランの実に80%以上は、日本人(日本資本)以外が経営しており、特に中国系や韓国系のオーナーが多いのが現状です。

具体的には、大手リテールチェーンに店舗を構えているHana GroupのGenji Sushi、お任せ寿司などを出す寿司レストランチェーンのSUGARFISH、大手寿司チェーンのKoko Sushiなどは、米国などの外国資本です。

まさにアジア系への浸透が図られ、その人口が増加していることで、より一層「寿司」が浸透している一例です。米国のお隣のカナダ(特にバンクバーやトロント)でも中国系の人口が増えており、同様に日本食の拡大が続いています。

海外進出に成功している日本の食農企業

では、どんな日系企業が海外進出に成功しているのか、各社のIR資料から紐解いてみましょう。

まずは、日本食に欠かすことのできない「醤油」を代表するキッコーマン株式会社です。

同社の海外進出の歴史は古く、戦後すぐに北米への輸出を開始し、1957年に米国に販売会社を設立したことに始まります。そして、最新のIR資料では売上の77%、事業利益の89%が海外によるもので、多国籍企業として米国での日本食の浸透に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

参考までに、トヨタ自動車株式会社の販売台数(2023年度)を見ると、その海外比率は78.9%(連結販売台数)です。

単純比較はできませんが、日本を代表する多国籍企業であるトヨタ自動車の海外比率に匹敵するほどであり、キッコーマンは食農企業として日本を代表する多国籍企業だと言えます。

次は、味の素株式会社です。その海外進出は1910年からアジアを中心に始まりました。現在では世界26地域に進出し、現地の食文化やライフスタイルにマッチするような商品開発とマーケティングで、2024年度IR資料では売上および事業利益ともに60%程度の海外比率になっています。

そして、寿司文化には欠かすことのできない「お酢」を代表するミツカングループの海外進出は、1981年に米国の大手食酢メーカーを買収したことから始まります。そこから40年で、海外事業の売上比率が60%まで拡大しています。

米国での健康食「豆腐」の代表企業であるハウス食品株式会社の海外進出は、1981年に米国進出し、1983年に豆腐事業を開始したことに始まります。その後、アジアへの進出も加速して、2024年度の海外売上比率は23.8%になっています。

図7 日系食農企業の海外売上高比率

以上の通り、日本の食農企業による海外進出の歴史は古く、日本食の海外での認知拡大と浸透を背景に、1980年代から海外事業が拡大していった状況は、前述した寿司文化の米国での拡大時期とリンクしています。日本人駐在の海外進出、米国でのアジア系人口増加など、「商品が浸透する素地のある地域に商流を構築する」という原則に従った海外進出だったと言えます。

これから海外進出、とりわけ米国への進出を検討している企業にとって、過去に各社がどのような戦略で海外事業を拡大していったのかは大いに参考になるでしょう。

米国で商流を築くために必要なこと

では、米国で商流を築くには、具体的にどのような活動をしていけば良いのでしょうか。ここで参考になるのが、現地の中小企業や食品スタートアップです。

その活動を見れば、日本企業が国内で行っている活動と大きく異なるということをご理解いただけるでしょう。米国進出を目指す日本の食品メーカー=食品スタートアップと捉えると、理解が深まるかもしれません。

一般的に、米国で商流を構築するには、かなりのお金と時間を要します。これは、米国企業を含めてすべての企業共通の課題です。

一方で、米国のマーケットでは、商品への「こだわり」や「エグジット」に関する考え方が日本とは大きく違います

例えば、米国では製造設備を持たない中小企業が多くあります。食品スタートアップの多くは、製造設備を持たず、自分たちのアイデアを形にしています。では、どのように自社の商品を製造し、市場へ流通させているのでしょうか。

そのような企業やスタートアップは、“適切な”戦略パートナーを選び、自らの商品を米国のマーケットに流通させ、ターゲットとなる消費者へ届けています。戦略パートナーというのは、商品の製造を請け負うOEM生産先、そして販売サポートを行うセールスレップ(Sales Representative、あえて日本語訳すると営業代理人)です。

この点は、日本企業でも参考になりますし、米国の各種規制に対応するうえでも、検討に値するのではないでしょうか。

特に、米国のFDAなどの食品規制に対応するためには、商品の原材料を変える必要があるケースも多いです。自社の商品を米国規制に則した原料で製造するために、米国企業にOEM生産を担ってもらうことも、価値のある進出形態ではないかと思います。

販売も、実績があり信頼できるセールスレップなどを活用することで、進出のための初期コストなどのハードルが下がると考えます。その後、自社商品の売れ行きなどを見たうえで、自社の製造拠点やセールスチームを設置するなど、本格的な進出を検討していくこともできます。

当然、初めから設備投資をして製造拠点を構えることもできますが、上記のような進出形態なら、選択肢としてそこまでハードルは高くありません。

また、米国企業を買収するという進出形態もあります。特に、米国はM&A大国です。自社が進出して規模拡大するのにふさわしい小規模なM&A案件も豊富にあるので、必ずしも初めから自前で一から立ち上げる必要はありません。

自社の進出目的や目指す姿、体力などに照らし合わせて、柔軟に様々な選択肢を検討することができるでしょう。

以上のように考えると、米国進出のハードルが少しだけ低くなったように感じられるのではないでしょうか。ただし、実績のある“適切な”戦略パートナー選びが大切なことはお忘れなく

時々、米国は食品基準が厳しいので、日本基準で商品を輸出できるアジア市場にフォーカスしているという話を耳にします。当然、それは否定しませんし、アジア市場に大きなチャンスがあることも事実です。

一方で、食品基準が厳しい米国に自社商品がフィットできるということは、発想を変えると、世界中のどの市場にも出せる可能性があるということになります(各国の基準をよくよく確認する必要はありますが)。

特にアジア諸国は、米国の食品基準を参考に、自国の食品基準を強化することがあるので、そうなった時、米国基準で自社商品を製造できることは強みになるでしょう。

ウォークマンのような商品を食品分野で

これまで様々なことについて語ってきましたが、メッセージは1つです。市場が巨大でチャレンジに寛容である米国への進出方法は、多数あります。だからこそ、市場規模が縮小する日本に固執せず、柔軟に考えて、米国市場への進出を検討することをおすすめしたいのです。

日本は江戸時代の開国以降、戦中や戦後などの国の危機に対し、柔軟に適応し、チャレンジしてきました。その精神が、私たち日本人のDNAに刻まれているはずです。ポジティブな将来が思い描きにくくなるようなニュースやデータが報じられていますが、先人たちの精神を思い出し、米国市場に日系食農企業が進出し、ソニーのウォークマンのような商品を食品分野で生み出すことを、心から願っています。

少しだけ個人的な話になりますが、私たちの小~中学時代はバブル真っ盛りの1980~90年代にあたり、良い意味で“ぎらついた”紳士や淑女が多かったように思います。その後、日本は「失われた20~30年」と言われる時代を経験してきましたが、このあたりで眠りから覚めたいものです。

良い意味で“ぎらつき”ながら、ネットワークとインテリジェンスを武器に、当時の半導体や家電ではなく食品で、米国市場で大暴れしようではありませんか。

◆本書の目次
第1部 食農ビジネスは米国を目指せ

第1章 米国へ進出すべきこれだけの理由
第2章 米国で400社以上を訪問して分かった「日系企業が失敗する理由」
第3章 後悔する前に知っておきたい「商習慣の違い」

第2部 押さえておくべき米国の食農市場の構造
第4章 小売、フードサービス、Eコマース、戦い方が異なる3つのチャネル
第5章 小売店には「ナチュラル系」と「コンベンショナル系」がある
第6章 押さえておくべき「ディストリビューター」という存在
第7章 日系企業躍進の鍵を握る「アウトソースセールス」の存在

第3部 どうすれば米国の消費者の心をつかめるか
第8章 米国市場で勝つための「ブランディング」

第4部 米国市場に進出するための手段は何か
第9章 中小企業にも戦い方はある
第10章 米国進出の有力な手段としてのM&A
第11章 食農ビジネスを動かすプライベートエクイティ・ファンドの存在
第12章 新興ブランドやスタートアップが米国に進出するために必要なこと

第5部 押さえておくべき食と農のトレンド
第13章 脱炭素で注目される「環境再生型農業」
第14章 「肉から植物へ」の流れに乗るイノベーティブフード

〈コラム〉
・米国進出の人材戦略
・認証について
・SNSの活用
・データ会社の比較
・規制・許認可について
・Walmartと気候変動
・サステナビリティについて

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