スワップ・スワップ 伝説のセックスクラブ
アメリカの古いセックスクラブについてのドキュメンタリー映画を昔見たなと思って、何かメモしていたはずだと思って自分のパソコンを検索してみたら、ワードのファイルが見つかった。
日記的に思ったことを書いていた時期だったらしくて、映画の感想だけでなく、その日のあれこれについても書いていたけれど、その映画を見たのは誕生日だった。
フーゾクとかそれに類する店に行ったこともなければ、ハプニングバーみたいなものにも行ったこともないし、そもそも誰が相手であれ性的にアブノーマルなことをしたこともないし、そういうことに憧れたこともなかった俺が、何を思って誕生日にセックスクラブについての映画を観に行ったんだろうと思った。
けれど、自分とは無縁だからといって、その伝説となったセックスクラブがあったからこそセックスできた人たちがいて、そういうひとたちが、あの場所があってよかったと語る姿をじっと眺めていられたことは、その日の俺に強い印象を残したようだった。
2009/10/28
誕生日だったけれど、彼女とは前の日に会って、お祝いをしてもらったから予定がなかった。とりあえず夕方までは仕事をしていたけれど、どうしようかと思って、知り合いにメールしてみて、用事があるらしく、仕事もあるし残業しようかとも思ったけれど、映画でも見に行こうかと思って、早めに仕事を終えて、家に帰った。
家に帰ってインターネットで映画を調べて、アメリカのセックスクラブについてのドキュメンタリーが新宿三丁目でやっているということで、それに行くことにした。
スタートが9時からで、時間が中途半端だったけれど、とりあえずスーツのまま新宿三丁目に向かった。
新宿三丁目で何か食べようと思って、適当にふらついて、ベトナム料理屋に入った。
ビールとパッタイを頼んで食べた。おいしくはあったけれど、途中から頭が爆発したように朦朧としてきた。
それに近いことはこれまでも何度かあったけれど、たぶん酒を飲みながら味の素が入りすぎているものを食べたことによるものなのだろうと思う。
汗だくになりながら、なんとかビールを飲み終えて、映画の時間がもうすぐで、汗を引かせる必要があったから、さっさと外に出て、少し広場っぽくなっているところでタバコを吸って、まだ汗は引ききらないくらいだったけれど、上映時間も迫ってきたからとふらふら歩いて、映画館に入った。
18禁の映画で、館内に入ると、なんともひねた顔をした人たちがそれなりに入っていた。
映画はなかなか面白いものだった。
アメリカの70年代後半にオープンしたセックスクラブ、「プレイトーズ・リトリート」と、その創始者ラリー・レビンソンにまつわるドキュメンタリー映画ということになるのだろう。
当時のクラブの映像や画像や、ラリーがテレビ番組に出演している映像とともに、当時クラブの関係者であった人々や、客としてクラブに出入りしていた人々、もしくは、ジャーナリストや、ニューヨーク市や司法など、クラブを好ましく捉えていなかった機関の人々が、当時の出来事やラリーについて語っている姿がまとめられていた。
当時、ニューヨークにはその時代を象徴するようなセックスクラブがもうひとつあったのだけれど、そちらは入場口で容姿などを判断され、ふさわしいとされるものだけが中に入ることのできるような場所だったらしい。
それに対して、プレイトーズ・リトリートは、入場料だけ払えば、誰でも入ることができた。
そして、プレイトーズ・リトリートは、セックスがらみのショーを見せる店ではなく、スワッピングを楽しむ場所として開かれたものだった。
恋人と一緒でもいいし、一人では行ってもいい。どんな肌の色でも、どんな体型でも構わない。女性に拒まれない限り、何をしてもいい場所だった。
オーナーからして、決して美男子ではなく、金を持っているわけでもなくて、マクドナルドで働いていたような男だった。
映画に登場する関係者が、彼はセックスのことしか頭になかったと語っていたけれど、実際に、自分がセックスをしたいために、そのような場所を作ろうとしたらしい。
彼は、世界中の女を自分のものにしようと言って、仲間を誘ったらしい。
クラブは大いに繁盛して、長い行列ができていたらしい。
けれど、クラブの脱税や、それによるオーナーの投獄、エイズの始まりとともに、クラブは急速に廃れていった。
それをどうにかしようとして、売春婦を雇ったり、セックスショーを催したりするようになったけれど、それによって、クラブは普通のセックスクラブになっていってしまう。
それはつまり、当初の自由で差別のないセックスがある場所ではなくなっていったということで、オーナーの帰還後も衰退は止まらず、売春がクラブ内で行われていたということによって、クラブは閉鎖されてしまうことになった。
オーナーはその後、タクシーの運転手をするなど、もとの豪華な生活から転げ落ちて、50代で亡くなってしまったらしい。
映画の中には、その顛末を知らない人物が絶句する様子もあった。
オーナーにまつわる顛末としては、自分勝手でただセックスのことしか考えていなかっただけの人間が、ひとつの時代の象徴を作ってしまったという話で、面白くはあるけれど、さほど考えさせられるものがあったわけではなかった。
けれど、その男の作った場所での記憶が、そこに客として出入りしていた人々にとって、今でも何かの揺るぎないものとして残っているさまや、それを語る人々の表情や語りのまっすぐさというものが胸に残った。
なんでもそうだけれど、その場での自分の役割を越えたところで、自分の価値を認められたり、自分の思いが伝わるということは、かけがえがないことなのだ。
仕事でも、つまらない役割を渡されて、そのつまらない役割の範囲だけをこなしていたのでは、その仕事を語るとなっても、そこにポジティブな響きを持たせることなどできないのだろう。
自分がその仕事をどこまでできるのか、他人から期待されたり失望されたりするなかで、自分が達成したことに自分で自分を認められるように思えたり、自分の仕事の出来具合によって、周囲の人間との関係性が変化していったりとか、そういうことによって、人は仕事の中に自分を見つけ出して、自分の価値を実感できるものなのだろう。
そういう手応えがないのであれば、仕事は自分には関係のないものになってしまうし、自分は職場で自分にはどうでもいいことをやっている人になってしまう。
そして、世の中にあるほとんどの仕事の、そのうちのほとんどの役割がつまらないものだとしたときに、つまらない仕事をしているしかない人たちにとっては、もう人生には、恋愛と家族くらいしかないのだろうと思う。
そして、そもそも、恋愛や家族のような、役割ではないものとして、セックスがあるのだろう。
恋愛はなんだかんだといって、これまでの自分の恋愛をなぞるように恋愛することに終始しがちなものなのだ。
いい恋愛というか、お互いへの関心や期待でつながっていられるような恋愛なんてできないという人が、世の中の多くを占めてしまうのだろう。
恋愛は、自分の中では誰にでも盛り上がることはできても、お互いに盛り上がるためには、資質が必要なのだ。
資質というか、他人と関わるうえでの悪い習慣があると難しいし、悪い習慣を自分で止めていくような意志がなければ、思い込みの盛り上がりの先に進んだ、役割を果たし合っているという以上の恋愛というものはやってこないだろう。
もちろん、セックスにしても、思い込みの範囲ですますことのできるものではあるのだろう。
自分の頭の中で盛り上がるために体の快楽を使おうとするセックスもたくさんあるだと思う。
けれど、恋人とのものではないセックスは、なあなあに自分勝手なことをすることが許されないものとして、そもそもセックスさせてもらえるのかどうかというところで、自分が問われるものではあるのだと思う。
そこには、恋人であるからとか、お互いにどんな人間だからという、前提となるような理由付けがないのだ。
触れる必要のまったくない相手に、自分が触れなくてもいい相手に触れるということ。相手が自分の触れ方に、どのように反応するのか。もっと触っていてもいいのか、拒絶されるのではないか。そんな緊張状態の中で、その人は自分自身を問われることになるのだ。
すでにできている役割に寄りかかって、やっていいことだけをやっているのでは得られないものがそこにはあるのだ。
スワッピングクラブでは、セックスはやっていいことということになっているのだろうけれど、かといって、自分がこの相手とやってもいいのか、自分はこの相手からやってもらえるのかというのは、自分とその相手がその瞬間に決めることなのだ。
プレイトーズ・リトリートは、入場料だけ払えば、誰でも入ることができる場所で、そこは、そこ以外ではセックスできないひとたちにとっての楽園だったのだ。
クラブに来て、自分にはできないことであり、けれど、自分がどうしてもしたいことであることを、しようとすることはできる場所で、けれど、自分がしてもいいのかは、しようとした相手と目が合って決まる場所なのだ。
そんなふうに、そこでならセックスできるのかもしれないとやってきた人々が、そこで相手の体に触れることを許されたり、触れてもよい対象として扱われたりして、感動しながら、お互いの体を夢のような恩寵に触れるようにして触れ合っていたのだし、それはとても甘美なことだったのだろうと思う。
当時のことや、クラブに入ったときの印象や、クラブの中での出来事を語る人たちは、男も女も皆それぞれな感じに前向きだった。
自分には合わないと言っていた人も、エイズとともにさっぱりやめたという人も、そのとき、その場所で、見知らぬ人々とセックスで関われたことが、とてもビビッドな体験であったのだろう。
それはそうなのだろう。
自分が誰かのセックスの対象であるということの確認は、当り前のようにそうである人たち以外にとっては、最もおぼつかなく、最も根底的な自分の価値の確認なのだ。
去勢された猫が一気に活動力を弱めてしまうように、セックスの終わりは、多くの場合、人生の大部分の終わりなのだと思う。
その意味で、あの誰でも入場料だけを払えば入れるクラブは、皆で皆をセックスの対象として認め合う場だったのだと思う。
それは、それだけを考えれば、何かしらとても清いものに思える。
もちろん、映画自体が、客として登場する人物が、あのクラブでよい思い出を多く持っている人ばかりを出しているというのはあるだろう。
どんな場所でも、人が複数人いるだけで力関係ができて、それによって個々の存在の価値は判断されて、それだけでどんな形であれ差別は発生しているのだ。
嫌な思いをして、嫌な思いをしただけでその場から離れていった人も多くいたのだろうと思う。
そして、クラブの衰退にも思ったことだけれど、そのような場所としての力は、その場所で時間を過ごすことが集団にとって「生活」になることで力を失われていくのだ。
セックスのためにその場所にいくという特別さは、それが繰り返される中で終わっていって、その場所に行ってセックスをする中で、今日は何があるのかということが主題になっていく。
それと同時に、その場所にいってセックスをすることが当り前になることで、そこに自分の生活が持ち込まれていく。
つまり、日々のストレスが入り込んでいくのだ。
同じストレスが持ち込まれていくというプロセスで、恋愛だったものが生活になっていくように、人々の中でのクラブでの時間の意味も、そんなふうに変わっていったのだと思う。
そして、みなが同じ幻想のなかで認め合う空気というものも、薄れていったのだろう。
オーナーだけは、クラブの閉店まで、ずっとその幻想の中にい続けたらしいことが、なんだか悲しくはあったけれど、全ての集団、場所というものの持っていた磁場とは、常にそういうふうにして消えていくのだろう。
それでも、その始まりには、確かにそういうものがあったのだと思う。
そして、それを繰り返し続けることは、不可能なのだ。
ひとつのユートピアの発生と、隆盛と、衰退と、そのユートピアの中で、もっとも深く幻想を吸い込み、自意識を拡散させ、終わって行ったひとりの男と。
こうとだけ書くと、何か時間が過ぎていくことの悲しさのようにも思える。
けれど、過去を語る客たちの、当時の自分の肯定としての、まっすぐな物言いが、悲しさとは別のものを、それを見ていた俺に感じさせた。
そのユートピアでの体験が、長いスパンの自分の生活のなかで、確かな実感のようなものとして残り続けるような、そんなものであったこと。
いくつかのセックスがあったということ。
そしてそれが、そんな場所がなければ、彼らにはありえなかったようなセックスだったということ。
いい映画だったと思う。
(終わり)
誕生日にそういう映画を見て、俺はどんな気分だったんだろうなと思う。
その頃というのは、彼女とは関係が落ち着いてきたというか、彼女が俺といい関係になれたと安心してきた感じで、緊張感のようなものは薄れて、うまくやれていることが当たり前になって、うまくやれている手応えによっていつでもすぐに二人を高揚感が包んでくれたいた感じも薄れて、お喋りしていても、セックスしていても、それなりに充実はしていても、白熱はしなくなってきた時期だった。
それでも、幸福感のためにセックスしているのではなく、充実感のためにセックスしているのだとすれば、その頃の彼女というのは、俺にとって、とてもいいセックスをしてくれていた人ではあった。
かといって、そのときの俺は、なんとなく停滞感のようなものを自分の人生に感じていたのだろう。
そして、他人の人生の閉塞と、その揺るぎない閉塞に光を差し込んでくれた切れ目のようなものとしてのセックスクラブの映画を見て、自分のものではない閉塞を生きている人にとっての救済に共感した気分になっていたのだろう。
彼女との関係に停滞感を感じていたというのも、逆に、それまで彼女との関係からいろいろ刺激を受けられていたところがあったからこそ、そこまでの数年を特に停滞感を感じずに過ごしていられて、彼女からの刺激が少なくなったことで、一気に自分の人生全体が停滞したように感じられていたのだろうし、俺を引っ張り上げてくれなくなった、俺に対して安心してしまっている彼女に物足りなさを感じていたということなのだろう。
その頃は仕事ではどうだったんだろうと思う。
かなり長時間残業していた時期だった気はするけれど、自分の会社が売っているシステムにも慣れて、自分の会社が売っているシステムの上で追加開発できる限界の範囲では、だいたいどうすればどういうことができるかわかっていて、時間がかかるだけで、手を動かせば手を動かしたぶんだけ仕事をすすむという状態になっていたのだろう。
できなかったことを調べたり試行錯誤することでやっとできるようになった喜びというのがめったに手に入らない中で、片付けられるのなら片付けたほうがいい仕事はいくらでもあったし、上司のことも同僚のことも人間的にとても好きで、仕事の話をああだこうだとしているのはいつも心地よくて、他に何かしたいことがあるわけでもなかったから、まぁいいかと毎日ずるずる残業していた。
その頃はまだ20代だったし、8時40分始業で午前中からそれなりにしっかり集中して仕事をしていても、適度に簡単な、似たような画面やシステムを作る作業をしているには、20時になっても23時になっても、体力的には消耗してきつつも、ほとんど集中力を落とさずに延々と手を動かしていられた。
今思うと、単なるドーパミン中毒だったのだろうし、目の前に仕事があるからと延々と仕事をしていただけで、本当によくない時間の過ごし方をしていたなと思う。
それと同じで、彼女にも、前よりもいい関係になれていると思うけれど、そのぶん退屈になってきたとちゃんと話せばよかったのだろう。
仕事にしても、会社員として会社の売り物で商売していくことを仕事していきたいのではなく、手を動かしてシステムを作っていくことを仕事としてやっていきたいのなら、今の会社でやれることは終わっていくのだと思って、その頃には転職のことを考え始めておくべきだったのだ。
彼女にしても、その頃の職場にしても、俺は恵まれすぎていたのだろう。
誰からも異性として愛されない絶望の中で、セックスクラブでならセックスできたことを、自分をどん底からほんの少しマシな場所に救い出してくれたような、きらきらした出来事のように思える人たちと俺とでは、何もかもが違っていたなと思う。
本当に、欲しいものがない人生だったのだ。
小さい頃は、嘘もたくさんつくし、人の様子をうかがいながら、言いたくないことも何となく雰囲気で言わされてしまったりする、どこにでもいるような普通の子供だったような気がする。
けれど、中学生とか、自分は自分であるという意識が強くなってきて以降だと、俺は今まで一度も誰かのことを羨ましく思ったことがなかったのだと思う。
憧れていた人というのも、俺にはいたことがあったんだろうか。
憧れているものもなく、羨ましく思うこともなく、妬むこともないのに、何かをまともに欲しがることができるわけがなかったのだろう。
自分の望みがわからなくて、ただ目の前にやってきた機会のうち、なんとなくいい予感がするものに手を伸ばして、その場その場で充実しようとしていただけだった。
セックスクラブの映画を見たのはもう15年くらい前で、俺はもう10年付き合っている人がいない。
この映画を見たときには、セックスする相手がいない人生を送ることになるなんて思っていなかったなと思う。
20代はほとんどずっと彼女がいて、どの人とも2年以上とか、それなりにしっかり付き合って、いい関係になれていた。
そのうち誰かとずっと一緒にいることになるのだろうと思っていたし、自分はずっと誰かがそばにいてくれて、その人に愛してもらいながら生きていくことになるのだろうと当たり前のように思っていたのだと思う。
けれど、その頃、俺は自分がどんなふうに空っぽなのか、自分でよくわかっていなかったのだ。
そして、この映画を見てから半年とちょっと経った頃に、自分はずっとそんなふうに空っぽだったんだなと気が付いて、いろんなことが腑に落ちて、自分なりにその気付きへの熱狂を込めて彼女にそのことを話して、その話をちゃんと聞いてくれなかったことがショックで、彼女との関係は壊れて、そこで自分の人生は完全に変質してしまった。
けれど、どれだけ俺の人生が変質したからといって、俺だって、年を取るほど、ちょっとずつマシな人間にはなってこれたし、その後も付き合った人とはいい関係になれていた。
最後の彼女と別れて、もう付き合っている人がいなくて10年だけれど、それでも俺はずっと、セックスしたいがために誰かに近付いたことがないままだし、当然フーゾク系のサービスを利用したこもないままだし、相手がそういうことを切り出してこないのなら、こっちから連絡先を聞くことすらないし、こっちから食事に誘ったりもしないままでやってきてしまった。
どれだけひとりの時間が増えて、寂しいような気分になっているからといって、空っぽは変わらなくて、セックスできたら気が楽になるのかなとは思っても、それを希望のようなものに思って、それに向かって祈ってみたりはできないのだ。
だからこそ、なんとなくこの映画のことを思い出したのだろう。
俺はこの映画に出ていた人たちとはまったく違っているのだ。
俺は充実した日常を生きていて、日常の中に、他人と向かい合う時間が合って、その時間の中に、深い没頭や強い感情の揺れ動きがあった。
非日常な場所で、日常の閉塞感の中で窒息しかけていた魂がやっと息をつけて、自分が本当に泣きたかった泣き方で泣くことができるとか、そういう帳尻の合わせ方というのは、俺の人生にはないものだった。
俺にとってはセックスは完全に自分が他人にとってどういう存在なのかということを確かめるような行為だったのだろうし、だから俺とセックスしたいと思ってくれている人としかセックスできなかったのだろう。
当時だってそうだったのだろうけれど、俺は映画の中の人たちを憐れんでいたのだと思う。
今はそうじゃないとしても、俺はずっと愛されてきたし、求められてきた。
セックスクラブでならセックスできるからと出かけていったり、フーゾクにいったり、援助交際的に売買春したり、マッチングアプリで両方が買春しているような感覚のセックスをしたりしている人たちの気持ちが俺にはわからない。
きっと、現実の自分を愛してもらうことを諦めていたり、現実の自分が愛されていることを実感できない腹いせのようにして、そういう行為が選ばれているのだろう。
当たり前に愛されてきて、当たり前に愛されていた膨大な時間の中に、深い没頭や強い感情の揺れ動きが数限りなく繰り返されていたのなら、そういうことをするのはどうしても難しくなってくるのだと思う。
現実の自分を愛されている感覚と、そうではなく他人と関わっているときの感覚の違いは、あまりにも圧倒的に、どんな妄想をかぶせたって、振り切ることはできないのだ。
インターネット上で、誰かに対して、その相手が傷付いたりするように言葉を選んでいろんなことを主張したり非難したりしている人たちにしても、似たようなものなのだろう。
自分を愛してくれている人たちとの、お互いの気持ちを確かめ合いながら接している感覚が体にこびりついて離れない人からすれば、党派性に埋没することで現実の自分とは別の自分になって、そこでそういう人格に仮託して感情を発散させたり、同類たちとの一体感をベースに自分が正しいことをしているような気分になりたがっている姿というのは、どうしたって憐れなものなのだ。
何も欲しいものがない俺は、それでも、昔からずっと、ぼんやりするたびに、セックスしたいなと思っていた。
そして、男はだいたいみんなそうだろうけれど、セックスしたいなと思うときに、付き合っている相手のことを思い浮かべるというわけではなかった。
セックスがしたいなという感覚が、ずっと電話の保留音のようにして、俺の中で鳴り響き続けているのだ。
けれど、本当に俺はセックスのために何もしなかったなと思う。
俺は自分なりに普通に生きて、普通に生きている俺の姿をいいなと思ってくれる人となんとなく仲良くなって、一緒に時間を過ごすほどに当たり前のように深く愛し合えるようになって、その時間の中でいろんな感情を素直に伝え合って、それを喜び合いたいだけだった。
どれだけ肉体が自動的に暇になるたびにセックスがしたいと俺の心の中にメッセージを送り込んできても、俺にとってセックスは、現実の俺がその人にどんなふうに思われているのかという現実を体験する何かでしかなかったのだ。
そうじゃない人たちというのは、そうじゃない人生を送ってきたということだろう。
そのことに、どうしようもなく、俺は憐れみを感じてしまうのだ。
かわいそうになと思う。
けれど、そういう映画じゃなかったのだ。
この映画は、非現実的であったことで特殊な力を持った特別な場所についての映画で、それなのに、俺が現実に思うようなことを思わせてくれたのだから、それはその映画がよくできていたということなのだろう。
セックスしたいなと思う。
だからこの映画を思い出したのだとして、俺はセックスできないからと、セックスクラブに行くような人たちが、俺はうらやましかったのだろうか。
憐れみを感じながら、弱者として開き直って、現実の中での自分の価値に見合う以上の何かを全力で欲しがることができる人たちをうらやましく思うなら、むしろみじめなのは自分なんじゃないかとも思う。
けれど、性的弱者ではなく生きてきてしまったあとで、加齢とともに、誰からもセックスを求められなくなった人たちというのは、たくさんいるのだろう。
俺と同じような人たちにとっては、セックスできないのは、昔のように俺とセックスしたい人がいないからというだけなのだ。
ただひたすらにそういう現実だけがあって、ずっと愛されてきて、ずっとセックスを求められてきた人たちは、ちゃんと現実が見えているから、セックスできないことも、ただの現実なのだ。
そして、そうではないセックスにまつわる景色が、この映画には刻み込まれていたということなのだろう。
虚しいなと思う。
そして、セックスしたいなと思いは、誰としたいのか全く思い浮かばないのに、ずっと自分の中に続いているのだ。
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