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会社の女の人を飲みに誘ったのはその彼女だけだった

(こちらの記事の続きとなります)

会社の人を飲みに誘ったのは初めてだった。

今の会社だけでなく、今までいた会社を含めても初めてだった。

男を含めても、二人で飲みに行くのを誘ったのは初めてだったように思う。

今まででも、一緒に飲みに行ったりできたらいいなと思う人はいたけれど、なかなか誘おうと思えるほどではなかった。

聡美と飲むことになって自分でも驚いていた。

そして、飲みに行ってからのこの二ヶ月近く、ずっと聡美を気にしながら生活していたのだ。

付き合っていた人と別れてしまうまでは、ただ斜め前に座っている素敵だなと思える人というだけだった。

けれど、二人で飲みに行って、その帰り道にメッセージをやりとりして、それからは、お互いの好きな音楽や、どんなものを昔聴いていたとか、サッカーの話とか、何ということもない内容だったけれど、毎日のようにメッセージでやりとりしていた。

その二週間後くらいにまた飲みに行って、それからもメッセージのやりとりは続いた。

職場でのお互いの仕事や、仕事での出来事とか、聡美が新しい部署でどうだとか、今日はどこの会社に営業に行くだとか、そういう日々の何でもないことを延々とやりとりしていた。

俺のほうが寝るのが遅かったから、たいていその日の最後のメッセージは俺からで、朝起きたときにはたいていまだ返事はなくて、昼休みとか、忙しければ夜に返事が来る。

返事が来ると思ってメッセージを送って、それをなんとなく待っているというのは、残業が続いてうんざりしていた時期に、生活しているうえでの気分の逃がしどころになっていたのだと思う。

相手が楽しんくれるように、少しふざけたりしながらメッセージを送ることができて、そして、そのいちいちに反応してくれているメッセージが返ってきたのだ。

そのうれしさにずっと寄りかかっていたのがここしばらくの毎日だった。

ただ、そこからはなかなか近付けなかった。

しばらくのあいだ、メッセージのやり取りを繰り返しながらたまに飲むというだけで、そこから何も変わらなかった。

そういう中で、聡美があのとき、切り出してくれたのだ。

あの日、もう何度目だったのか覚えていないけれど、きっと八回目とか九回目くらいだったのだろう。

飲んでいて、その日初めて終電を逃した。

どうしようかということでスポーツバーに移動して、ワールドカップの試合を見ながら話して、そして、始発も出ていない時間に店が閉まって、またどうしようかと駅前を歩いていたら、聡美が「じゃあさ、今からタクシーでうちにこよ。ね」と言った。

聡美はちょっといらいらしたような、むっとしている感じの顔で俺を見て、駅前のほうに進もうとした。

俺は驚いてしまって「ちょっと待って」と言って、それから「俺、平野さんのこと好きだよ?」と言った。

聡美は「はぁ?」と言って、またむすっとして「もういいよ。タクシー乗るよ」と歩き出してしまって、俺は追いかけて並んで歩いたけれど、聡美はそのまま黙ってタクシーに乗り込んだ。

俺が横に座ると、またむすっとした顔でこちらを見て、ため息をついた。

そのときまで、俺はまだ好きだとも言っていなかったのだ。

そのときも、夜明け前くらいの街を歩きながら、この雰囲気だと始発までどこかで時間をつぶす感じなのかなと思って、のんびりとした気持ちでいた。

聡美のほうは、わざわざ終電まで逃しておいて、こいつは何なのだろうと呆れていたのかもしれない。

タクシーでも、ずっとむすっとした顔をしてため息ばかりついていたし、部屋に入ってからも、俺が身体を近付けると「私ワールドカップ見るんだから触らないで」と言っていた。

けれど、そこからはすぐだった。

聡美の言葉は無視して、そのまま聡美の横に座って、身体にゆるく腕をまわして「ごめん」と言うと、聡美は「わけわかんない」と言って、俺は「そうだね。自分でもそう思うけど」と言った。

聡美は「はぁ」と言ってテレビを見たままで、俺は「ごめんって」と言って、身体を抱えた腕に込める力を強くした。

聡美は黙って顔をこちらに向けて、唇を近付けてくれた。

むすっとしているのに対してごめんねとなだめるようにして唇を重ね直すのを繰り返していると、聡美の唇が開いて、それから聡美のまぶたが開いた。

舌を小さく入れると、聡美の舌が重ねられて、舌がもぐりこんできた。

そこからは一気にセックスに引きずり込まれていった。

そんなに強く気持ちを引きつけられたのは、ずいぶん久しぶりだったのかもしれない。

入れてと言われるまで聡美のいろんなところの肌の感触を唇で確かめて、入ってからは聡美の顔を見ながら射精を先延ばしにし続けていた。

二時間とかそれ以上入れていたというのも、ずいぶん久しぶりだった。

引きつけられているまま相手に没頭していると、時間の流れがよくわからなくなる。

間延びしてしまったりしないから、ずっと相手に集中していて、自分の気持ちよさに集中することがなくて、かえって長持ちしたというのもあるのだろう。

休憩して再開しても、また自分がいくのを先延ばしにしながら聡美の感触を楽しんでいた。

長い時間ずっと集中したまま、かわいいな、気持ちいいなという気持ちにまみれながらくたくたになって射精して、そのまま鈍い疲労感に任せてぐっすりと眠った。

起きてからも、身体をくっつけ合ったまま、聡美がいろいろと話してくれるのを聞いていた。

話を聞いていて、やっぱり聡美は素敵な人だなと思った。

聡美は話が途切れるたびに「好きって言わなさすぎ」と同じことを何度もダメ出しをしていた。

あまりにもその話に戻る回数が多くて、しつこいなと思いながら、「言わないといけないなとは思っていたんだけど」というふうに答えていたけれど、お互いに昨日脱がせ合った裸のままで、いつまでも服を着ようとせずにくっつき合っているのが心地よかった。

お喋りしていると、なんとなく身体を触り合ったりキスをしてしまっていて、そうしているうちに、また引きずりこまれるようにしてセックスが始まっていた。

そのセックスも、じっとりと見詰め合って、汗まみれになりながら、なかなか射精したくならないまま気持ちいい時間を引き延ばしていくようなセックスになっていった。

セックスで一気に距離が近付いたような気がする。

最初だけでなく、そのあとのセックスも、さっきしていてもそうだったけれど、しっかり見詰めてくれていて、しっかり感じてくれて気持ちよさそうにしてくれるだけでなく、とてもうれしそうにしてくれる。

聡美がそんなふうにセックスする人でよかったなと思う。

セックスがよかったからというわけでもないけれど、セックスがとてもよかったことで、お互いに距離を測り合わずに素直に気を許して話せている感じがする。

これまでふたりのあいだの空気はどこかふわふわしたものが挟まっていたように思う。

実際、昨日までは手を握ったことすらなくて、ふたりのあいだにはいつも隙間があった。

それが、くっついてみたらあまりに気持ちよくて、昨日からずっと身体が聡美とくっつくことを求めているような感じになっている。

そして、身体が無意識に聡美に対して前のめりになってしまっていることで、何ということない話をしているにも、相手との距離を縮めようとするようなニュアンスが勝手についてくるようになって、ちょっとしたことを話しているにもいちいちうれしくなってくる。

どうしたところで、セックスしないと出てこない距離感というのがあるのだと思う。

仕事を除けば、セックスなしの人間関係でお互いの言葉や気持ちに心を動かされることなんてほとんどありえないのだろう。

そういう意味でも、昨日聡美が切り出してくれて、身体を触れ合えるようになれてよかったなと心底思っているのだ。


(続き)


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