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【小説】つまらない◯◯◯◯ 45

 軽くつかんでいた俺の手を聡美がしっかりと握り返してくる。
「気持ちいい?」と聞くと、へらっとして二回頷いた。
 ゆっくり頭を近付けて、胸の先をくわえて、聡美に握られていないほうの手を舐めていないほうの胸にあてた。聡美がこちらを見ていて、俺が口を開き乳首をゆるく歯で挟むと目を細めた。舌をあてて、押し付けながら左右になぞるようにする。
 聡美はそれほど胸への刺激には反応しない。実際にそれほど快感はないのかもしれない。
 聡美の反応をじっと感じながら、舌で乳首への刺激を続ける。もう片方の乳房も、先端をゆるくつまみながら、自分の胸の柔らかさが聡美にもよくわかるように全体をゆっくりまわすようにしていた。
 今が特殊なだけなのだということはわかっているのだ。安心したい聡美と、相手が好きにしてくれているのを喜んで、何でも相手が心地いいようにしようしてしまう俺の組み合わせなのだ。そんなふたりが一緒に楽しく過ごせてしまっているのだから、安心できるまでの期間なんてそう長くはない。今は新鮮さにどきどきしていて、そして、まだ俺のことがよくわからないから注意深く俺を見詰めてくれているだけで、いつもどおりなふうにしていてもうまく一緒にいられるようになれば、その注意は気が付かないうちに薄れていくしかないのだろう。
 聡美が小さくため息を吐いて「きもちい」と言った。
 視線を上げると、目が俺の目の中を見詰めてくる。頭を近付けると、だらんと微笑んで、顎を上げて微妙にすぼめられたままの唇をこちらに向けてくる。唇が触れ合うと、目がうれしそうに笑って、聡美の手が添えるようにして俺の腕に触れてくる。
 出会ってから馴染んでいくまでのあいだは、お互いがすべての視線で問いかけて、すべての視線に応えるような時間が続いていたりする。そうしているあいだは、セックスしたいという気持ちをずっと持ち続けていられるのだろう。けれど、疑問や質問は尽きていくのだ。どの質問にも、すでに満足いく答えをもらったか、自分なりに納得したような状態になってしまう。うまくセックスできているだろうかという不安は消えていって、うまく一緒にいられているだろうかという不安をセックスの一体感で帳尻合わせする必要もなくなっていく。そうやって、セックスの中でお互いを確かめ合いたいという気持ちが薄れていくのだろう。
 もちろん、自分では気付くのが難しいけれど、俺の中でも相手への問いかけは弱まっていくのだと思う。もしかすると、俺の中で相手に問いかけようとする気持ちが弱まったことで、問いかけられていたからそれに応えていた相手は、問いかけが減ったぶんだけ、俺を見返す力を弱めたのかもしれない。
 どの相手に対してもそうだったのだろうけれど、付き合い始めの時期の俺には、相手が自分のことをわかってくれていないという感覚がずっとあって、何を話しているにしても、何をしているにしても、相手が自分のことを誤解していたり、自分が相手を誤解するんじゃないかという警戒心みたいなものを常にうっすらと発していたのだと思う。相手のほうにしても、俺から誤解しないようにと牽制されているのに対して、誤解する気がないことを態度で示し続けているような、常にうっすらとした緊張感がある状態だったのかもしれない。それがいつか、何でも面白がって話ができるようになって、相手が俺の気持ちをそのまま受け止めてくれているような気がしてきたときに、それまで俺が自分でも気付かないまま相手に向けていた警戒心が消えていったのかもしれない。俺としては、そういう警戒が解けていたのかもしれないと思う時期でも、同じように相手をちゃんと感じようとしていたとは思う。けれど、相手からすると、俺の態度がなんとなく変わったことで、俺と向き合っている感覚はずいぶん変わったのかもしれない。警戒されていちいち自分の気持ちを確かめられているような圧迫感がなくなったなら、そこで一気に俺に対して安心できるようになったというのも充分ありえることなのだろう。
 向かい合ったときに自動的にそうなってしまうものの話なのだし、どちらか片方のせいにできるようなことではないのだろう。けれど、そういう変化に最初に気が付いたときには、すれ違いがあったのだ。相手の視線がぼんやりしているのに気が付いたとき、俺がおぼつかないものを感じていても、相手は気持ちよさそうにしていた。その時点では気が付いていなくて、何回かあとのセックスで、俺が気持ちよさそうではないことに気付いて悲しそうにしていた。その最初の時点で、相手は俺の視線から気持ちの変化を感じられないような状態になっていたということだろう。だから、俺が変わったから、それを受けて相手も安心したというよりは、少なくてもセックスに関しては、先に相手の中で何かが変わっていたのだろうと思う。
 もちろん、相手にそんなつもりはなかったのだろう。俺のことを見ているつもりだっただろうし、俺への気持ちが弱まったとも思っていなかったのだと思う。実際、目の合い方が変わったからといって、しているセックスの何が変わったわけでもなかった。俺が相手の目の中を見ようとしていなければ、わからなかったことなのだろう。目の奥を覗き込もうとせずに、気持ちを込めた視線をちょくちょく交換するくらいにしておけば、ただ前よりもうれしそうにしてくれているなとだけ思って、満足していられたのかもしれない。
 セックスだけが付き合いではないのだし、セックスが自分にとってそれほど充実した感じにならなくて、相手への奉仕のようなものになったとしても、女の人の側からすればよくあるケースなのだろうとでも思って諦めればよかったのかもしれない。実際、相手は気持ちよさそうにしていたのだから、満足させられている自分に満足していればよかったのだろう。けれど、頭ではそう思おうとしていても、俺はそこからうまくセックスができなくなっていった。
 セックスの中でぼんやりされて、空っぽな感触が自分の中に強く残ってしまうと、身体はなんとなく相手の身体を避けるようになっていってしまう。ショックを受けたような状態だったのだろう。そういうショックというのは、頭では気になっていなくても、身体がそれをいつまでも忘れてくれないものだったりする。相手の身体を前にしたとき、頭の中は相手のことを好きだなと思う気持ちばかりなのに、今まで自然と浮かんでいた触りたいという気持ちが、いつまでも出てこなくなる。触れられていたり、身体がくっついていても、落ち着かない気持ちになっていくことが増えていった。
 触れられたくないとは思っていなかったし、触れてもいたのだ。外を歩くときは手を握り合っていたし、一緒に眠るときにもくっついていた。けれど、それはそうしないことが意味を持ってしまうから、そういうメッセージを相手に向けないようにしていたというだけだったのかもしれない。俺の身体は相手の身体に触れられることをなんとなく避けていたし、セックスも避けるようになっていった。
 夜になって、風呂に入って寝る準備をして電気を消して布団に入るまでのあいだ、俺は無意識のうちに、相手がセックスしたがらないように自分の振る舞いを制御していたのだと思う。身体がもたれ合うとか、寝るときに相手に腕をかける位置だとか、眠る前のキスの深さだったり、相手が自分に絡みついてくるきっかけにならないように気を付けて動いていたように思う。
 相手は俺に触れたがっていたし、俺とセックスしたがってくれていた。電気が消えてしばらくしてから、しないかと言われることが何度もあったけれど、実際に口に出してそう言ってくれた回数の何倍も、したいのになと思いながら、黙ったまま眠っていたのだろうと思う。
 相手からしようよと言われたときはたいていしていた。けれど、あまり集中できないままに終わっていた。気持ちよくなかったわけではなかったけれど、気持ちいいというだけで、セックスしているのがうれしい気持ちにはなってこなかった。そして、うれしそうな演技をしてあげることもできなかった。そのときの俺は、相手に対して嫌な気持ちはなかったにしろ、あまり動かない冷えた目をしていたのだろうと思う。気分的には、仕事で作成したものに間違いがあったのを延々と修正しているときのような気分だったのかもしれない。やるしかないからやっていて、けれど、その作業によって得るものは何もなくて、自分が間違わなければこんなに多くの時間を尻拭いに使う必要がなかったのに自分はダメだなと思いながら、黙々と作業を進めている。そんなふうに、黙々と何も考えることもできないまま、合間合間に相手の顔を眺めて、空っぽな目のままで相手と目を合わせていたのだろう。
 そして、そのうちに、相手も俺があまりに気持ちを入れられていないことに気が付いてしまう。俺が付き合っていた人たちは、そう感じても、それをその場で言うことはなかった。俺のほうにしても、相手がそれに気付いて不安になっているのがわかっても、それについて話をできなかった。
 相手がそれに気付いてからも、お喋りをしたり一緒にどこかに出かけたりということは楽しいままだった。セックスだけがおぼつかない感じになっていて、それは自分にとっても苦しいことだった。そのもどかしさを振り切って、頑張ってちゃんと集中しようとすることもあったけれど、自分の身体が覚えている嫌な感触を再確認することになってしまうばかりだった。相手のほうも、俺が楽しそうではないことに委縮してしまっていたのだろう。俺とうまく目を合わせられずに、せめてセックスが嫌な感じに終わってしまわないようにと、自分の気持ちよさに集中しようとしていたように思う。俺のほうにしても、空っぽな気持ちを自分から切り替えようという気持ちになれないまま、相手の頭の横に頭を置いて、せめて気持ちよくさせようと腰の動きに集中しようとしていた。そして、セックスが終わって、気持ちよかったと言ってくれるのに対して、ならよかったと、うれしそうなわけでもなく言葉を返していた。勇気を出して切り出してくれても、うまく盛り上がれないままで終わってしまうのを何回か繰り返すうちに、相手のほうも関係を荒立てないようにと、だんだんセックスを求めないようになっていった。
 それでも、相手はずっとセックスを求めてくれていた。自分が気持ちのいいことをしたいという以上に、俺に前のようにうれしそうにセックスしてほしいと思ってくれていたのだと思う。それなのに、俺は何がそんなに気に入らなかったのだろうなと思う。けれど、あなたとまたうれしくなれるセックスがしたいんだよという気持ちを込めた顔を向けてくるばかりで、俺のことを感じようとすることに集中しているわけではない相手を前にして、そういう問題じゃないのになと思ってしまうばかりで、他にどうしたらいいのかわからなくなっていたのだと思う。もちろん、俺がするべきことはわかっていた。俺もまたうれしくなれるようなセックスがしたいんだよという顔をして、そう思い込みながらセックスすればよかったのだろう。そういう気持ちがないわけではなかったのだ。ちゃんとセックスできたらいいなという願望はあった。そして、この人とセックスして嫌な気持ちになりたくないとも思っていた。けれど、その願望は頭が思うことで、嫌だと感じていたのは身体だったのだと思う。
 俺は身体が自分の中に浮かび上がらせる気分に縛られる度合いが強くて、頭で思うことを自分の気持ちだと思っていないところがあるのだと思う。そして、自分が思ったことというのを、自分が目の前の現実から肉体的に感じ取っているものよりも軽視しているのだろう。何をしたい気がしても、頭がそう思うというだけなら、それはただの願望で、そうできたらいいなとは思っていても、そうしたいという気持ちがあるわけではないと思っているのだろう。自分の願望を現実とは断絶された絵空事のように思っているのかもしれない。



(続き)


(全話リンク)


この作品よりあとに書いたものなので、こちらのほうが面白いです

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