「入れたい」と言うより「やめよう」と言いたかったのかもしれない
(こちらの記事の続きとなります)
もうすっかり硬くなっているのに、聡美は目を伏せたまま、口で何かをしようとし続けている。
いつまでも大胆になるわけでもないまま、くわえたり舐めたりを繰り返している。
俺から「入れたい」と言われるのを待っているのかもしれない。
それとも、自分のしていることで硬くなっていることを喜んでくれているのだろうか。
硬くなっているのを口で確かめているだけでもうれしかったりしているのかもしれない。
俺が「入れたい」ではなく「やめよう」と言ったら、聡美はどう思うのだろう。
「やめよう」というのが何をやめることを言っているのか、聡美はすぐにわかるんだろうか。
そして、何をやめるのかわかったあと、どうしてやめようと言うのかわかってくれるのだろうか。
何が嫌なのか聞かれるのだろう。
好きじゃないのかと聞かれるのだろう。
俺は好きだと答えて、何が嫌というわけでもないと答えるのだろう。
俺はそのうち今の会社を辞めるという話はしていた。
それと同じ理由だと言えばわかってくれるだろうか。
聡美だって仕事がつまらなくて異動願いを出したのだ。
そういう感じはわかってくれるかもしれない。
俺としては、辞めたい理由はほとんど同じなのだ。
仕事するのが嫌なわけじゃないし、今の仕事内容がつまらないわけじゃない。
職場としても、賃金なんかの労働条件も悪くないし、理不尽なことがまかり通っている場所ではないし、暴力的な人や他人に対して攻撃的に振る舞う人が多いわけでもない。
けれど、仕事をしていて自分が仕事に全力になれていない感じがすると、仕事が物足りないと思う以上に、物足りない時間を過ごしている自分にうんざりした気持ちになってしまうのだ。
聡美が部署異動したのも、仕事が物足りないからだった。
決まったことを決まったようにやることしか求められなくて、もっといろんな仕事をやらせてほしいと何度も上司に頼んだりしていたけれど、いつまでも別の仕事を割り振ってもらえなかった。
聡美に問題があって仕事を振ってもらえなかったのではなく、新しい仕事を増やしたくないからと面倒くさがられていたり、自分の仕事を人と分け合って協力しながら仕事を拡大したいというふうに思っている人もいなくて、受け皿が部署内になかったからだった。
そんな状況のまま、聡美が転職も考え始めた頃に、隣の部署が社内で異動してきたい人を募集して、聡美は喜んでそれに立候補したのだ。
一緒に飲んでいたときも、部署の人たちのやる気のなさについて、お互いうんざりしながらあれこれと話していた。
やれと言われていることをやればいいという感覚で仕事をしている人が部署内の大半だったし、仕事を他の人と共有せず、適当に役割分担したあとはできるかぎり干渉しないというやり方の人がほとんどだった。
やらなくてはいけなくなるまではやらないでおく、できるだけ自分の仕事を増やさないようにあまりいろいろ言わないようにするというスタンスの人が多数派で、俺はそういう人たちに取り囲まれながら、決まったことをこなすことだけが求められていて、何も思わないでいることすら求められているように感じていた。
そして、他人の仕事に興味もないし、理解もしていないのだから当たり前だけれど、仕事の要求水準も低かった。
俺が先延ばしにしないで何でもさっさと進めているだけで、ああだこうだと褒めようとしてくれていたけれど、ろくに仕事をしていない人から、ろくに仕事をしない人なりの基準で褒められるのはとても気分が悪かった。
そんなことを話しながら、そのうち辞めるつもりだとも話していた。
不愉快なことがあるとか、攻撃してくる人がいるとか、そういうことではなく、ただ物足りなかったのだ。
仕事をしていていろいろ思ったとしても、その思ったことで仕事を進められなくて、自分の作業には自分なりに集中しようとはしていたけれど、俺の仕事に興味があったり期待してくれていたりする人がいない中で延々と作業をこなすように仕事していても、いくら実際にはみんなの役に立っていているとわかっていても、バカバカしい気持ちになるだけだった。
今の会社はひどすぎて、そもそも俺にとってよくない職場だから、それを辞めたいというのは、俺が聡美とこの先付き合うのをやめておいたほうがいいと思っているのとは違っているのだろう。
聡美からしても、職場が職場自体として悪いだけで、私はそうじゃないと思うのかもしれない。
今の部署では、あまり自分と仕事に対しての考え方の合う人もいないし、世間話をしているにも、話が合って楽しいと思える人もいない。
そういう話は聡美ともしていたし、聡美も俺が今の職場を嫌だと言っているのはまわりと合わないからだと思っているのかもしれない。
聡美からすれば、俺はそれなりにやりがいのある仕事を、それなりに裁量を与えられたうえでやっていて、みんなが俺のことをしっかりやっていると認めていて、やる気のない人が多いのは確かだけれど、そこまで嫌に思うこともないだろうにと思っているのかもしれない。
けれど、そういうことではないのだ。
そういう周囲の人との相性も含め、自分にとっていい会社だとしても、仕事をしていて物足りなくなってしまえば、ずっとそこにいるのは嫌だなとどうしても思ってしまうのだ。
(続き)