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「去年の木」新美南吉
音声でお楽しみください⬇️
「去年の木」新美南吉
一本の木と一羽の小鳥はたいへん仲良しでした。小鳥は一日その木の枝で歌をうたい、木は一日中小鳥の歌を聴いていました。
けれど寒い冬が近づいて来たので、小鳥は木から離れてゆかねばなりませんでした。
「さよなら、また来年来て、歌を聴かせてください」と木は言いました。
「ええ、それまで待っててね」と、小鳥は言って南のほうへ飛んで行きました。
春がめぐって来ました。野や森から雪が消えていきました。
小鳥は仲良しの去年の木のところへまた帰っていきました。
ところが、これはどうしたことでしょう。
木はそこにはありませんでした。
根っこだけが残っていました。
「ここに立ってた木はどこへ行ったの」と小鳥は根っこに聞きました。
根っこは、「木こりが斧で打ち倒して、谷の方へ持って行っちゃったよ」といいました。
小鳥は谷の方へ飛んで行きました。
谷の底には大きな工場があって、木を切る音がビィーンビィーンとしていました。
小鳥は工場の門の上にとまって、「門さん、私の仲良しの木は、どうなったか知りませんか」と聞きました。
門は、「木なら、工場の中で細かく刻まれて、マッチになってあっちの村へ売られて行ったよ」といいました。
小鳥は村のほうへ飛んで行きました。
ランプのそばに女の子がいました。
そこで小鳥は、「もしもし、マッチをご存知ありませんか」と聞きました。
すると女の子は、「マッチは燃えてしまいました。けれどマッチのともした火が、まだこのランプに点っています」といいました。
小鳥はランプの火をじっと見つめておりました。
それから、去年の歌を歌って火に聞かせてやりました。
火はゆらゆらとゆらめいて、心から喜んでいるように見えました。
歌を歌ってしまうと、小鳥はまたじっとランプの火を見ていました。
それから、どこかへ飛んで行ってしまいました。