tofubeats書評『香川にモスクができるまで──在日ムスリム奮闘記』
作者の岡内大三氏と知人でもあるというKotetsu Shoichiroさんという香川在住の友人アーティストよりお薦めしていただいてこの本を手に取った。読後、こんなに人に優しくありたいと思えた本はひさびさである。
この本はフィカルさんという日本に移住してきたインドネシア人が、彼の住む香川県の地方都市にイスラム教の礼拝施設であるモスクをつくるまでを作者が取材した取材記だ。モスクについてもイスラム教についても詳しくはない自分でも非常に興味深く読めた1冊である。
地方都市でモスクを建立するという大きなプロジェクトを進めるにあたって起きるであろう困難の数々は想像に難くない。その諸問題に取り組む姿には共感できるところや応援したくなるところが沢山ある一方で、インドネシア(フィカルさん?)式に進められるそのプロセスは新鮮だ。そしてそのプロセスの中で彼らにとってモスクがなぜ必要なのか、インドネシアのイスラム教徒にとってそれがどういう存在なのか、も生活感のある形で浮かび上がってくる。それはどれも日本で世間一般で思われているものとは違うかもしれない。とくにイスラム教に関してのフィカルさんの説明は自分にとってかなり新鮮なものだった。当たり前のことではあるが「イスラム教」というものの中にも信仰の粒度や度合いがあり、そういった当たり前のことも距離感のある異文化だと枠に嵌めて考えてしまいがちになってしまうと何度も意識させられる。
そして何よりこの本の魅力はフィカルさんという男のパワーである。彼のチャーミングさとポジティブさ、誠実さがこのプロジェクトを引っ張っていく鍵となる(そしてその背後にはムスリムとしての信仰がある)。その様は読んでいてとにかく気持ちが良い。とくにモスク建立に反旗を翻したあるメンバーに対してフィカルさんが取った行動や、勤務先でトラブルに巻き込まれた実習生のために取った行動など、そのエピソードの数々は本当に驚くべきもので、この本を読めばフィカルさんという人間のことを皆好きになると思う。
そんな真面目でありつつキャラもしっかり濃いフィカルさんによってライトに楽しく読める部分はありつつも、やはり本書で気になるのはフィカルさんがそういう風に動かなければならない理由……、彼らがインドネシア人や外国人技能実習生・留学生であるが故に起きた困難や問題についてである。時折出てくる優しい日本人に感動こそすれ、フィカルさんたちのような他者に冷たい眼差しを向ける日本人のエピソードもあり、自分もそうなってしまっていないか自問自答させられるし、彼らの目線は舞台になっている香川県の地方都市だけでない日本における諸問題を意識させるだろう。むしろ本当に香川に根を張ろうとしているフィカルさんたちがヨソモノのように扱われることに違和感を感じるかもしれない。他者との間にある不均衡や無理解をこうした攻撃に繋げたり、考えることを放棄してしまう先には何があるのかを突きつけられたようにも感じたし、実際にこうしたことは今だに起きているということの記録でもある。
一方でこの本で出てくるそういったモスク建立におけるトラブルの数々は日本人とインドネシア人の関係による問題だけに限らない。時に使役者と労働者であったり、また時にはコミュニティの中のメンバー同志だったりもする。フィカルさんという男を鍵に、そういった他者とのコミュニケーションで起きる問題や、それを乗り越えていこうとする姿がたくさん記録されており、またそれらに対する一つの答えと成果としてモスク建立が結実する。作者の岡内氏がこの書籍を通じて彼らと心を通じ合わせていく様も素晴らしい。
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