子供たちが思い出させてくれた宇宙への憧れ
久しぶりにnote復帰したいと思っていた。そんな折noteアプリを開いてみると「読書の秋2020」なる変わったハッシュタグが見つかった。最近読書の集中力が続かないヘタレな生活を続けていたため、こうやって読書に関われる企画は渡りに船である。
ということでこれから何冊か読書感想文を投稿したい。セレクトはもちろん課題図書から。今回は光文社新書の『宇宙に行くことは地球を知ること 「宇宙新時代」を生きる』(野口聡一、矢野顕子、林公代)を選んだ。
今月(2020年11月)アメリカの民間宇宙船クルードラゴンにて3度目の宇宙へ向かう予定の宇宙飛行士・野口聡一さんとニューヨーク滞在のミュージシャン・矢野顕子さんの対談をまとめた本。宇宙の神秘に魅せられた矢野さんがミュージシャン独特の感性から質問を重ね、それに野口さんが答えるかたちで対談は進んでいく。
「自分の経験したことのないこと、行ったことのない場所について知ることができる」というのは読書の醍醐味である。そういう意味では野口さんの語る宇宙空間での経験が読めるというのは究極の読書体験のひとつと言えるかもしれない。
野口聡一さんと言えば誰もが知っているベテラン宇宙飛行士である。SNSを通じて積極的に宇宙の写真を公開していることでも知られており、それが矢野顕子から注目される理由となったという。
作中ではなぜ野口さんが宇宙飛行士となったかという動機の部分から、宇宙で感じる生と死、感覚の変化などが語られる。
私はこれまで「地球は青かった」などの宇宙飛行士たちの名言を聞くたび、宇宙で見るものすべてに感動を覚えるような気がしていた。しかし現実には圧倒的な無の空間が広がっており、すべての生を拒む漆黒があるという。宇宙空間は基本的に無であり、感動的なものに満ち溢れているわけではないようだ。私のイメージしている「宇宙とのコンタクト」とは大きく違うことに気付かされた。もちろん野口さんは感動した経験も語っているのだが、それらをひっくるめた語りだからこそリアリティを感じるのだった。
一方の矢野顕子さんはまえがきの一文でわかる通り宇宙の虜であり、独自の宇宙観を野口さんとの会話のなかで確かめている。
なぜ宇宙に関する教育は子どもたちが主な対象なのか。大人だって、特に大人の女性だって宇宙が知りたい。どうしてそこをもっと啓蒙してもらえないのか。
冒頭の矢野さんの言葉である。大人になっても宇宙が好きな人を周囲はなんと言うだろう。よく言えば「稚気に富んだ人」だが、一般的なイメージなら「子供みたいな趣味に逃げてる現実逃避者」だろうか。大人が「宇宙が好き」とはなかなか口にしづらい現状がある。
私自身どうだろう? 子供の時分、宇宙はどこまで続いているのかと夢中になって宇宙の図鑑やかこさとしの絵本を捲くったことは今も思い出せる。図鑑に掲載されている冥王星の禍々しい名前とイメージ画像に底知れぬ恐怖を覚えたのも鮮明に記憶している。あの時からだろうか? 宇宙への興味が薄まっていったのは。
宇宙からすれば地球なんてものは小さな点に過ぎないし、宇宙で起こる荒々しく激しい現象を怖く感じる人も多いことだろう。事実私もそうだった。冥王星を図鑑で見たあの頃から、底知れぬ闇の世界とそこで起こる爆発や衝突というダイナミズムが怖くなっていった。
今は抵抗も少なくなったが、それは恐れて耳を塞ぐには惜しいほど宇宙には魅力が溢れていると気づいたからだろう。
しかしそうなるにもきっかけがあった気がする。そう、科学や宇宙の図鑑に夢中になる子供たちを見てからである。最近、まだ難しい宇宙の本を目を見開いて読んでいる小学1〜2年生を立て続けに見かけた。知っている子に声をかけると、やはり難しくて理解できていないことがわかる。そこで私が解説してあげたのだが、その理解力の高さには驚くばかりであった。
もちろん宇宙について優しく説明することは素人の私には難しい。しかし熱に浮かされるように興味関心に引き込まれる子供たちの吸収力には驚くばかりである。
「エンケラドスには生命がいる可能性が高いと言われていて……」「アルクビエレ・ドライブというのは時間や場所をゆがませて進む方法とされていてね……」などなど。
こんな難しいことでも理屈はともかくかれらは理解してしまう。もちろん「エンケラドスの地上はとても寒くて誰も生きられない」と言えば「じゃあコタツを使えばいいやん」と返してくるかわいいところもあるが、学校の教育課程なんてすっとばしてかれらは気の向くままに育っていくのだ。
「宇宙へ行くことは地球を知ること」は本書のテーマである。地元以外に引っ越せば故郷を客観的に見られるようになるし、世界中の国々を回れば日本国内の議論も相対化して考えられるようになるだろう。ただ大人になって様々なことを学ぶと、却ってそれら「知らなかった世界」への驚きと感動が薄まってしまうことは否定できない。
とはいえ子供たちが思い出させてくれた宇宙という遥かなる世界の魅力は、そんな大人だからこそ惹きつけられてしまう気がしている。矢野さんが知りたがり、見たがっている世界は、ページを捲り、野口さんが伝える言葉に想起されてやがて特に関心のなかった読者のそれすら惹きつけるようになる。
野口さんの語る宇宙産業の話、宇宙空間の体験は、おそらく多くの人が一生関わることなく、肌で体験することなく過ぎていくものばかりだろう。それを知ることができるだけでも本書を読む価値はある。
子供のようにただ純粋に宇宙の神秘を探求するもよし、宇宙を知ることで、今再び地球に生きる私たちのことを考え直す機会を得るもよし。そんなことを考えながら、今夜も私は宇宙に関する書籍や番組を見て過ごすだろう。私もいい歳のはずなのだが、まだ知られていない宇宙に関する仮説をひとつ聞くだけで胸が騒ぐ。それは本当に幸せなひとときである。