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世界一美味しいもの

東京の多摩のあたり、中央線沿線に、世界一美味いもつ焼き屋さんがある。これまで世界各国、様々な国や地域に行き、住んできたが、ここは本当に、ジャンルを超えて、世界一美味いお店だと自分は思う。自分がモツ好きというバイアスを差し引いても、東京の他のもつ焼き屋や、日本の他の肉系のお店や、世界の色々な料理と比べても、それでも世界一美味いといつもしみじみと感動するほど美味い。

お手洗いに安部譲二という作家さんの文章が貼っており、まさにその通りといつも思う。内容は記憶ベースだが、「毎日夕方になると通いたくなる店がある。若大将が丁寧にひと串ひと串焼き上げるので最高な仕上がりになり、特に軟骨などは、叩いてから仕上げるため、コリコリとシャリシャリが混ざって絶妙」、というような文章で、一度読むと忘れられないほど適格な表現で、まさにその通りで、ひと串ひと串めちゃくちゃ丁寧に仕上げられていて、魂がこもっていて、もうこれは芸術だといつも思う。

串は全て焼き加減も塩加減もタレの具合も絶妙で、レバーも秘伝のたれと素材の良さで全くクセがないのはもちろん、普通は食べにくいチレも独特の味付けと焼き加減で、またシロもタレとの絡みが絶妙で、それぞれこの世のものとは思えない作品に仕上がっている。しかもいつ行っても安定の高品質で、この再現性は本当にプロ中のプロとしか言いようがない。

刺しも最高で、ガツネギは独特の味付けと歯ごたえ、センマイも柔らかさと酢みそのタレが感動的で、コブクロもさっぱりとした酢の加減など、どれも非の打ち所がない。

また軟骨の角煮も最高で、驚いたのは、お土産に持って帰った時、好き嫌いが偏りがちな2歳児も、もっと欲しいとお代わりするほどのクオリティで、その老若男女普遍的に通用するレベルには、改めて感動した。

こうして書き出したらキリがないが、5時頃にオープンし、平日でもすぐに常連さんでいっぱいになり、7時には品切れが出るメニューもあり、土日などは入れないことがざらである。今日は運よく入れて、自分は本当に幸運で最高な人生だと泣けてきた。

値段もリーズナブルで、近所だった学生時代にも気軽に通えた。その後引っ越した後でも、1-2か月に一度禁断症状が出て、1時間くらいかけて通わざるを得ないレベル。大将の丁寧な仕事を見ていて、自分には誠実さが足りないのではと仕事観を改められることも度々。そうこう無意識に、かれこれ20年間くらい通い続けている。隠れファンとして、長い方かと思っていたが、お店は36年前からで、自分の人生と同じくらいの長さで、それはまた叶わないなと感じた。常連さんも開店に近い時から通い続けているようで、歴史の偉大さを感じた。

人間とは欲深い存在で、自分だけではないと思うが、永遠にこの美しい作品が続いてほしいと願ってしまう生き物である。そうでなくても、思い立った時に通えること自体が幸せと思って、日々感謝しながら人生の豊かさを享受するくらいが良いのか。改めて、今の時点で世界を語るのはおこがましく、主観的と言われるのではないかと思うが、本当に世界一美味いと思うし、こういう芸術作品に出会えた自分は幸せだと思う。世界に感動を与える、世の中を良くする、とはこういう仕事、生き方なんだろうと思う。

(2023年6月)

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