#おやすみポカリ キャンペーン中止事件
企業のキャンペーンに関する話題が続いてしまうが、先の「たまひよ」の問題の直前にもうひとつ、僕の周りで話題になった事件がある。
大塚製薬が、脱水予防のために就寝前の子どもにポカリスエットを飲ませる「#おやすみポカリ」なるキャンペーンを開始したのだ。
このキャンペーンが出てきたのは5/19ごろとのこと。
歯科関係者の目に留まり、話題になったのが6/3だった。
そこから主にFacebookで拡散されていき、このキャンペーンが子どもたちの歯を害することに危機感を持った歯科関係者による注意喚起が数多く投稿され、過去にない広がりを見せていった。
僕がこれに気づいたのは6/3の深夜。
まさに「カリオロジー(むし歯学)を考える飲み会」というオンライン飲み会をしている最中だったのだが、すぐに署名サイトを立ち上げ、協力を呼びかけたところ、6/4までになんと400名以上の署名が集まった。
それまでの間にも大塚製薬に個人で問い合わせた方、歯科医師会から働きかけようとした方など、色々な動きがあったようだ。
さらに僕の動きを知った歯科系SNSの1Dから大塚製薬に直撃取材をするという連絡があり、その記事への協力を求められ、承諾した。
そしてしばらくしたころ、6/4のお昼前にキャンペーンサイトが削除されたということがたくさんの方から投稿され始めた。
僕がこのキャンペーンを知ってから実に半日程度でクローズへと動いたのである。
大塚製薬の迅速な対応に驚き感謝するところであるが、同時に寝る前に糖分を含む飲料を摂取すると、たとえ歯磨きをしてもむし歯リスクが著しく上がるというごく当たり前の事実さえ、世の中に共有されていなかったのだということを思い知らさた。
このようなキャンペーンが始まり、企業も一般の人々も混乱させてしまったそもそもの原因は、歯科からの発信不足であると考えている。
二度とこのようなことが起きないように、歯科的知識をもっと発信して当たり前にするために、この件についてここで解説したい。
まず、これをポカリを就寝前に飲むこととむし歯の関係を直接的に検証するためには、
P:小児に対し
I:就寝前にポカリを飲ませることは
C:就寝前にポカリを飲まない場合と比べて
O:う蝕(う窩)の発生がどうなるか
という研究を行わなければならない。
しかしこれは介入群にう蝕発生が起きる可能性が高いので倫理的に不可能である。
そのため、直接的に否定するような研究は実施できないが、複合的に考えて、おやすみ前のポカリがむし歯発生のリスクを高めることは相当に可能性が高いと思われる。
まず、ポカリのような発酵性炭水化物を含む飲食物を摂取するとプラーク(歯垢)のpHが低下することについては、ステファンカーブが有名である。
("Quantitative Method for Evaluating Physical and Chemical Agents which Modify Production of Acids in Bacterial Plaques on Human Teeth.")
これによりポカリを飲むとプラークのpHは低下すると考えられる。
それからおよそ1時間以上かけて唾液によってpHは回復するのだが、
就寝中は唾液分泌量が著しく低下する。
そのためpHの回復が行われにくい。
さらに、ポカリのような飲み物と、自然な食品との違いとして、飲み物は咀嚼が行われないという点でも問題がある。
有名な研究で、砂糖水でうがいをした場合と、サトウキビを咀嚼した場合のプラーク中のpHを比較したものがある。
("Effect of sugar cane chewing on plaque pH in rural Kenyan children.")
結果は、サトウキビを咀嚼した場合はプラーク中のpHはあまり低下しなかったが、砂糖水の場合はpHが急速に低下していった。
100mlあたり6.2gの炭水化物を含むポカリも同様の現象を起こすものと思われる。
そして砂糖の摂取とう蝕の関連について調べた超有名な研究が、
Vipeholm studyである。
("The Vipeholm Dental Caries Study; The Effect of Different Levels of Carbohydrate Intake on Caries Activity in 436 Individuals Observed for Five Years.")
この研究により間食で砂糖を摂取するとう蝕発生が増加することがはっきり示された。
その後、間食の回数が増えるほどう蝕発生が増加することなども明らかにされている。
なので、ポカリのような発酵性炭水化物を含む飲料を摂取する頻度が高くなればむし歯発生が増加するだろうし、さらに就寝前はpHの回復が行われにくいためより深刻な問題になると思われる。
そのためこのキャンペーンは、小児のむし歯を増加させる可能性が極めて高いと考えられるのである。
大塚製薬は、就寝前の歯磨きについて記載することでのことを、「歯磨きすれば大丈夫」というつもりだった可能性が高いが、残念ながらプラークを全歯面から完全に除去することは非現実的であり、汚れの残りやすいところやプラークが除去しにくいところ(隣接面や裂溝など)ではかなり危険な状態になると思われる。
一言で言えば、「むし歯は歯磨きだけでは防げない」のである。
もちろん、歯磨きが大事ではないと言っているのではない。
プラークのないところにむし歯はできない。歯磨きは重要だ。
しかし、歯磨きをすれば甘いものを摂ってもいい、というわけではないことを、
しっかりと周知していきたいと思う。
「たまひよ」の件もそうだが、我々医療従事者の認識不足が企業の誤誘導を招き、人々の健康を損なうことに繋がりうるのだ。
常に知識を更新し、発信を怠らぬようにしていきたい。
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