オリジナル短編小説: 『風の中の交響曲』
5/7: 不協和音の中で
演奏会が間近に迫る中、オーケストラ部は毎日練習に打ち込んでいた。美咲と悠真のフルートが奏でるハーモニーは、日を追うごとに美しくなり、部員たちからも称賛の声が上がっていた。しかし、その陰では徐々に緊張と不安が募っていた。
練習室では、今日も凛が指揮を振り、全体の調和を取りながら進行していた。しかし、演奏が進むにつれ、何かが少しずつ狂い始めていることに気づいた。弦楽器のテンポが微妙にずれ、管楽器もリズムが乱れている。
「ストップ!」凛は指揮を止め、大きなため息をついた。「何かがおかしい。皆、集中してる?」
部員たちは頷いたが、顔には緊張が滲んでいた。美咲も悠真も、目を合わせることなく黙って楽器を置いた。
「このままじゃ演奏会までに間に合わないわ。皆、少し休憩して気持ちを落ち着けて。」
部員たちは疲れた表情でそれぞれ休憩に入った。凛は深く息を吸い、何が原因なのかを考え込んでいた。これまで順調だったはずの練習に、突然不協和音が生じ始めている。それが単なる技術的な問題ではないことを、彼女は直感的に感じていた。
その休憩の間、美咲は廊下で一人、フルートを抱えて座っていた。悠真もまた、部室の隅で考え込んでいる様子だった。二人の間には微妙な距離感が生まれていた。
「美咲…」悠真が意を決して声をかけた。彼はずっと、彼女との関係が演奏に影響を与えているのではないかと感じていた。「最近、君とちゃんと話してないよね。何か…僕、何か間違ってる?」
美咲は一瞬ためらったが、やがて小さく首を振った。「間違ってなんかない。むしろ、あんたはすごいわ。私、ついていくのが精一杯で…」
彼女の言葉に、悠真は驚きを隠せなかった。「美咲、君はこのオーケストラの柱だよ。僕はただ、君の演奏に追いつきたいと思ってるだけで…」
「違うの!」美咲は突然、強い口調で言い返した。「私は…私は、あんたと一緒に演奏してると、自分が足りないんじゃないかって思っちゃうの。ずっと自信を持ってきたのに、あんたが現れてから、私は何も変わってないのに、どこかで焦ってる。」
悠真はその言葉に一瞬返答できなかった。彼もまた、美咲との共演が楽しくもあり、プレッシャーでもあった。しかし、彼女がそんな風に思っていたとは気づかなかった。
「でも、君の演奏は完璧だよ。僕はいつも君を尊敬してる。君とだからこそ、今まで以上にいい音楽が作れるんだ。」
美咲は目を伏せ、フルートを見つめた。「私はもっと、あんたに影響を与えられるような演奏がしたい。だけど、今はまだその方法がわからない…」
悠真は彼女の言葉に真摯に頷き、そっと微笑んだ。「僕たちはまだ途中だよ。君も僕も、まだ完成してない。だからこそ一緒に練習して、最高の音楽を作りたいんだ。」
美咲はしばらくの沈黙の後、静かに顔を上げた。「…ありがとう、悠真。」
二人はお互いの気持ちを少しだけ理解し合ったが、完全に不安が消えたわけではなかった。それでも、二人はまた演奏に戻るために立ち上がった。
練習室に戻ると、凛が待っていた。彼女は二人の様子を見て、少し安心したように微笑んだ。「少し気分転換できたかしら?」
美咲と悠真は頷き、フルートを構えた。
「じゃあ、もう一度、最初から通してみましょう。」
凛が指揮棒を振り下ろすと、オーケストラ全体が再び演奏を始めた。美咲と悠真のハーモニーは、再び力強く、美しく響き渡った。しかし、まだ完全に揃っているわけではない。二人はこれからもっと深いレベルでお互いの音を感じ合う必要があると感じていた。
演奏会に向けた準備は続く。二人の間に生まれた絆が、どのように音楽に影響を与えるのか。物語はさらに深みを増していく。
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