『大人は泣かないと思っていた』 -寺地はるな
『大人は泣かないと思っていた』は、寺地はるなさんによる心温まる連作短編集で、人生における様々な悩みや葛藤を通じて成長していく人々の姿を描いています。
【あらすじ】
物語の中心人物である時田翼32歳は、九州の田舎町に住み、農協で働く独身男性で、父親との暮らしや、自分らしさを探しながら日々を過ごす彼の平凡な生活は、真夜中の庭に現れた「ゆず泥棒」との出会いをきっかけに少しずつ変化してゆくのです、、、。
【感想】
この本は、恋愛や家族、地域社会との関わり、そして「大人」としての在り方に焦点を当てています。各章ごとに異なる人物の視点で語られ、それぞれの登場人物が抱える孤独や葛藤が丁寧に描かれており、読者に強い共感を呼び起こします。例えば、翼の優しさや、幼馴染の鉄腕との友情、レモンとの心の交流が温かく描かれており、それぞれの物語に人間味を感じます。
そして、登場人物たちの感情が非常にリアルで、読者は「こういうこと、あるよな」と思いながら読むことができる作品です。翼の父の考え方や田舎特有の閉塞感、噂話などもリアリティを持って描かれ、地方社会の息苦しさや家族関係の複雑さが物語に深みを加えています。特に、視点が変わることで、最初は嫌な印象を抱いた登場人物たちにも共感できる場面が増え、他者の視点を理解することの大切さが強調されています。
また、感想の中で特に印象に残るのは、登場人物たちが「こうあるべき」といった固定観念やしがらみと向き合いながら、自分自身の道を探していく姿です。時田翼やレモン、そして平野さんや鉄腕といった登場人物たちは、家族や社会の期待に縛られながらも、自分なりの答えを見つけようと模索しています。その過程が、繊細でありながらも力強く描かれている点が、この作品の魅力です。
最後に、本作は単なるヒューマンドラマにとどまらず、登場人物たちが過去の傷を乗り越え、再び一歩を踏み出す勇気を描いています。寺地はるなさんの繊細な筆致と、温かくも鋭い洞察力が詰まったこの作品は、多くの読者にとって共感できると同時に、心に残る一冊となるでしょう。