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エヴァ初心者がシン・エヴァンゲリオンをみた感想〜言葉足らずは悲劇を生む〜

 お久しぶりです。violet pieroです。

 2021年3月14日、エヴァを中途半端にしか知らない私が新劇場版シン・エヴァンゲリオンを観に行ってきました。仲の良いエヴァンゲリオンファンの人に一緒に観ないかと誘ってもらい、もともとエヴァには興味があったので誘いに乗ることにしました。

 私はアニメ版、旧作のエヴァンゲリオンは未視聴でして、恥ずかしながら新劇場版の三作も金曜ロードショーでなんとなく観てたくらいでした。
 ちなみにそれらの内容も中途半端にしか理解できず、『Q』に関してはカヲルくんの最期が衝撃的すぎてそれ以外のシーンは朧気にしか覚えてないという始末でした…。
 なのでよくわからないところはネットで解説をみてました。それで大体のあらすじは覚えられたものの、そもそもエヴァンゲリオン自体がかなり難解な作品であるために理解が追いつけていない箇所がまだありました。やっぱり長年の間ファンの方々の間で考察されてるだけのことはあるなぁ…と。
 ですから、こんな私が新劇場版エヴァンゲリオン最終回を映画館で観ることになろうとは本当に夢にも思いませんでしたね…。

 そして私がシンエヴァを観た感想を結論から言ってしまえば『とても見応えがある映画で退屈しなかった』でした。

・作画がとても綺麗で惹き込まれる
・人のモーションやカメラワークがまるで実写のようにみえるくらいすごい(アスカがシンジに無理矢理食事をとらせるシーンやアスカとマリが無重力空間を移動するシーンなど)
・第三村での綾波レイがとてもかわいくかつ儚かった
・声優さんの演技はさすが
・奇抜な演出が所々あってみてておもしろい(特に最後作画がネームになったシーンは"※この作品は創作です"というメタフィクション演出かなと…)
・シンジは応援したくなる。彼はやっぱり主人公です(前半は彼に同情しっぱなしでしたが)
・最終的にはハッピーエンドになってよかった
・シンジとくっついた人は本当に意外で観ててぽかんとしてしまった

などなどたくさん見所があり、エヴァ初心者である私でも約2時間半ずっと惹き込まれっぱなしでした。
 それに加えてエンディング曲宇多田ヒカルさんの"one last kiss"もエモーショナルでとてもよかったです。
 終劇後はなんといいますか、"所々悪夢も混ざり合っていたが最後はハッピーエンドになった壮大な夢"から目覚めた朝のような余韻がありました。

 そして、このエヴァンゲリオンという作品を鑑賞したことで痛感したことがあります。それは、

言葉足らずは悲劇を生む

ということです。

 というのも、エヴァンゲリオン作中では

その思いをちゃんと言葉にしていればこんなことにはならなかったのでは?

 ということが度々起こるのです。

言葉足らずが悲劇を生む

 車の中でケンケンがシンジに
「ミサトさんがケンジに何もするなと言ったのは、ニアサードインパクトが起きてしまったことで『私がシンジをエヴァに乗せたせいだ』とずっと自分を責めていて、もうシンジをエヴァに乗せたくないと心の底から思ったから」
というようなことを伝えていましたが、そもそもミサトさんがそれをシンジにちゃんと伝えてくれてさえしたら、Qで『友達であるカオルくんが自分のせいで死んでしまうのを目と鼻の先で目撃する』という悲劇に見舞われることはなかったことでしょう。

 そして、シンエヴァのクライマックス、精神世界の中でシンジの父親であるゲンドウが思いの丈を吐露するシーンがあります。
 孤独を感じながら生きてきたゲンドウはシンジの実の母ユイと出会ったことで人生が変わりました。しかしその幸せも束の間、ユイを事故で失うことになります。最愛の人をなくしたゲンドウは実の息子であるシンジのもとから去りました。なぜならそれが息子にできる唯一の償いだと思ったからだとゲンドウはシンジに打ち明けるのです。
 ここは、人の血が通っていないような描写が多かったゲンドウがはじめてみせた人間味に少し同情の念すら覚えてしまうシーンでした。
 しかし考えれば考えるほど、これをゲンドウがシンジにもっと早く打ち明けることができたのであれば、ゲンドウは『最愛の妻と会う』という目的のために人類を巻き込むような計画を実行するまでには至らなかったように思うのです。これもまた"言葉足らずが生んだ悲劇"ではないでしょうか。

 そして、私がシンエヴァンゲリオンを鑑賞して『言葉足らずは悲劇を生む』ということを痛感したのは、シンエヴァンゲリオンにはこれらの『言葉足らずが生んだ悲劇』が多いだけではなく、『言葉による雪解け』するシーンも多く見受けられたからです。

シンエヴァンゲリオンは対話によってハッピーエンドにたどり着けたのでは?

 シンエヴァンゲリオンの序盤ではまず第三村での生活のシーンがあります。そこで綾波レイは大人になった委員長にたくさんの言葉を教えてもらうのです。例えば『ありがとう』『さようなら』などの挨拶の基本中の基本の言葉です。そういった挨拶について委員長は『人と仲良くなれるおまじない』だとか『人とまた会えるおまじない』だとかそういった説明をレイにするのです。そして、当の綾波レイも教えてもらった通りに事あるごとに『ありがとう』や『さようなら』などと伝えるようになりす。
 ここ、レイがとても健気でかわいらしく、『言葉の大切さ』というのも伝わってきてとても好きなシーンです。綾波レイ(黒波レイ)は口数が少ない無口キャラではありますが、登場人物の中では『自分の気持ちを言葉にして伝える』というのができていた人物ではあったと思います。
 他の登場人物はみんなレイよりは饒舌なのは確かなのですが、アスカみたいに相手への気持ちはちゃんとあるのに棘のある口調になってしまったり、序盤のシンジみたいに自分の殻に閉じこもって黙ってしまったり、とりあえず『自分の素直な気持ちを言葉にして伝える』というのが得意でない登場人物がエヴァには多いのです…。上にもかきましたが、ゲンドウもミサトさんもですね。
※マリは『素直に言葉にして伝える』ことができる数少ない登場人物のひとりでしたが、マリはむしろ主人公シンジを助けるヒーロー的ヒロインであるのでまた彼等とは違った枠組みの登場人物なのでしょう…

 『言葉にして伝える』シーンは他にもありました。
 アスカが今からエヴァに乗って任務を遂行するといったシーン、その時アスカはシンジに
「前は多分あなたのことが好きだったと思う」
「昔つくってくれたお弁当おいしかった」
といった旨の自分の想いをシンジに伝え、シンジもそれに「僕も好きだったよ」と伝えます。対話したアスカはシンジのもとを去り、エヴァに乗ります。
 シンエヴァの序盤ではシンジは殻に閉じこもり、アスカはそんなシンジに対して心配してるのに素直になれず、暴言や暴力といっても過言ではないほどシンジに棘のある言動をしてしまってしまっていましたが、アスカとシンジのギクシャクとした関係が『伝える』ことで雪解けすることができたのです。ここで二人の間にあったわだかまりというものが雪解けしなければ、お互いわだかまりが残ったまま死に別れてしまったことでしょう。そうなってしまったら、アスカとシンジのふたりにはきっと強い未練が残ったと思います。
※死に別れると表現がいまいち正しいのかどうかわからないのですが、アスカはその後ゲンドウの思惑に乗せられエヴァに飲み込まれてしまい、あとのアスカの登場シーンが精神世界とエヴァがいない世界だったのでとりあえずそう表現させていただいてます
 

 あともうひとつの該当シーンはなんといってもシンエヴァのクライマックス、精神世界でシンジが登場人物達と対話するシーンです。映画のクライマックスでは覚悟を決めたシンジが遂に実の父のゲンドウと対峙します。そして精神世界での戦いに移行するのですが、そこでシンジは主要人物達と対話、対話、対話と対話を重ねるのです。上にかきましたゲンドウの吐露のシーンもこのシーンの一部となります。シンジは彼等(ゲンドウ、アスカ、レイ、カヲル)と向き合い1対1で対話することによってケリをつけ、シンジと対話しきった彼等はひとりひとり安らかに退場していくのです。

 シンジはその後ゲンドウの戦いに決着を着けエヴァのない世界をつくります。そして、エヴァンゲリオンはやっとハッピーエンドを迎えることとなるのです。

まとめ

 こうやって思い返してみるとやはりシンエヴァには『対話する』『言葉で伝える』というシーンが多く散りばめられているように思いますし、新劇場版エヴァンゲリオンがハッピーエンドを迎えることができたのは、この『対話』『言葉で伝える』をしたからではないかなと率直にそう感じました。
 新劇場版エヴァの劇中では『言葉足らず』でたくさんの悲劇が生まれてしまいましたが、その『言葉足らずによる悲劇』は『対話』『言葉にして伝えること』によって抜け出すことができたといっても差し支えないのではないでしょうか。

『言葉にして伝えること』それはとても単純で下手をすれば陳腐なことのようにも思われてしまうけど、それをしないままでいるといつか大きな悲劇が起きるかもしれない。


 実際に劇場で鑑賞してみて、このシンエヴァの内容を要約するとこういうことではないか、私はそう思います。

 現実社会でもスケールが大きいもの、小さいものの差はあれど『対話』をせずそのままにしておいた結果『言葉足らずの悲劇』が生まれてしまうことは珍しいことでは決してありません。エヴァの監督、庵野監督もまたそういった経験をされたことがおありなのかなと勝手に想像してしまう私がいます。

 エヴァンゲリオン初心者がシンエヴァを鑑賞して思ったままの感想をここでかかせてもらいました。
 もちろんエヴァンゲリオンファンの方々の方がもっといい感想や色々な読んでいてワクワクするような考察をかけるとは思います。あとファンの方々からすれば、私の解釈に見当外れな箇所があるのかもしれません。
 なので、こういう感想を抱いた人間もいるのだなあ…と思っていただけたら幸いです。

 新劇場版はたくさんの悲劇も生まれながら結果ハッピーエンドを迎えることができましたが、旧劇場版は今も議論されるぐらいのよくも悪くも問題作であるのはよくきく話ですね…。
 せっかくシンエヴァを鑑賞したのだからいつかその旧劇場版も覚悟を決めてみてみたいなと思います…(後悔しそうな予感もかなりしますが)











 


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