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ウェディングプランナー ~短編笑説③~

打ち合わせの日は大安でなくてもよかったのだろうか?
そんな古い日本人的なことを考えながら、私は真っ白な洋風の建物の中へと入った。
建物の中は一段と白を強調した非日常的な空間が拡がっている。私はこの建物で間違いないと確信し、ジャケットのポケットから康彦に渡された名刺を取り出した。
名刺にはウェディングプランナー君田 守と書かれている。
私はスタッフらしいスーツ姿の男を呼び止め、君田を呼び出してもらった。
すぐに革靴の音を響かせ、小走りで男が目の前に現れた。
男は一目で体育会系とわかる身体つきをしている。
「はじめまして。私が担当のウェディングプランナーの君田です。え~と、新婦のミユキ…様ですね?」
初対面の男に名前で呼ばれたことに、少し違和感を覚え、私は軽くうなずくだけになってしまった。
ウェディングプランナーの男は少しも気にかけることなく話しかけてくる。
「新郎様が忙しくて、来られないみたいですねぇ~」
この君田という男が言うように、婚約者の康彦は一緒にここに来る予定だったが、仕事の都合で急に来られなくなったのだ。
「仕事ばかりしてるんです」
私は少し困ったような、少し嬉しそうなニュアンスで答えた。
「う~ん、わかります」
と、柔和な表情をするこの男は「同じく自分も仕事人間だ」もしくは「男は仕事が第一ですから」とでも言いたいのだろうか?
「そういう訳で、今日は一人で来ました。よろしくお願いします」
私はひとまず挨拶の一連の会話を済ませようとした。
「ご安心ください、男性側の意見もしっかり提案させて頂きますので」
君田が少し胸を張ったのがわかった。
「頼もしいです」とだけ私は返した。
君田は手に持っていたパンフレットをパラッと開けながら続ける。
「こういう時のために私どもは、プランナー全員が男性ですから」
「全員男性なんですか!?」
私は思わず聞き返した。
君田が開いたページに目をやると『全ウェデイングプランナー紹介』という見出しがあり、笑顔の男たちが男性アイドル事務所の名鑑のように並んでいた。
「ですから、ここの式場の名前も『俺の式場』って言います」
君田はにこやかに言ってのけた。
結婚式の準備はここまで康彦に任せていたので、
式場の名前は今の今まで知らなかった。
私は街中にある『俺の』が付く色々な飲食店を思い浮かべながら、
拒否反応を示さずに確認した。
「『俺の式場』って言うんですか?ここって」
「そうです。入口のプレートにも書いてますよ。ほら、パンフレットにも。ローマ字ですけど」
君田はそう言ってパンフレットの orenoshikijo と書かれたローマ文字を指す。何となくイタリア語っぽく見えなくもない。
宮殿のような結婚式場のエントランスに書かれている何語かわからない筆記体の文字が、ローマ字で orenoshikijo(俺の式場)となっていると知れば大抵の人は驚くだろう。思えば康彦からもらった名刺にも書かれてはいたが、読み取ることはしなかった。
「スゴいな、知らなかったです」
私はそう言うしかなかった。
君田がさらに胸を張ったような気がした。
私は打ち合わせスペースであろう一角に案内された。
丸テーブルが 5、6 席並べられ、テーブル間はパテーションで仕切られている。テーブルは全て埋まっており、寄り添うカップル相手に男性スタッフが熱弁をふるっている。やはり「俺の式場」なのだ。
「では早速、入場の演出から決めていきましょう」
その声で私は君田に視線を戻した。
私は君田の胸のネームプレートにもローマ字で orenoshikijo と入っていることをこのとき知った。

打ち合わせは演出内容を中心に君田が提案する形で進められた。
「入場の演出でよくやっているのが、ゴンドラで上から降りてくるパターンです」
「はい、素敵ですよね」
「あとは床が開いて、下から『せり上がり』で上がってくるパターンがあります」
「せり上がりですか?」
「はい」
私は想像した。
「新郎新婦入場!」の掛け声で、男女が背中合わせで何かのデュオのように、せり上がってくるところを・・。
「ちょっと恥ずかしいかなあ」
私は少し肩をすぼめながら言った。
君田はそれならと別案を出してくる。
「じゃあ、ゆっくり上がってくるのが恥ずかしいのであれば、パーンって一発で跳び出してくるのはどうですか?」
私は男性アイドルのコンサートに行ったときのことを思い出した。
大勢のファンが見守る舞台上に、キラキラの衣装を着たアイドルが跳び出した瞬間、一気に会場は興奮のるつぼとなった。
それが私と康彦だったら?想像するだけで顔が真っ赤になる。
「そういう、アイドルのコンサートみたいなのは・・」
「喜ばれると思いますけどね~。はい~」
この男は誰の目線で話しているのだろうか?
「普通に扉から入らせて頂きます」
私はとにかくやんわり提案を却下した。
君田は特に嫌な顔をするでもなく、「わかりました」とさらさらっと、
何かの用紙に記入し、質問を続けた。
「入場の際の曲なんですが、何がいいですか?」
それについては自分の中ですでに決まっているものがあった。
私は結婚式自体には、さほど興味は持っていなかったが、
もし結婚式を挙げるのなら、この曲で『新郎新婦の入場』をしたいと兼ねてより思っている曲があった。
「わたし、安室ちゃんが大好きなんです。安室奈美恵の『CAN YOU CELEBRATE?』でお願いします」
君田は曲名を聞くや、手際よく音源リストの資料らしきものをめくり始めた。それから曲名を見つけ出したのか、資料から目を離して言った。
「それだと歌無しのバージョンしかないので、現場で歌って頂いていいですか?」
「何で!?」
私の声は少し大きくなった。
「何でカラオケ音源しかないんですか!?」
「すいませんねぇ、ほんとに~」
謝る君田だったが、この定番中の定番の曲がないこと自体、俄かに信じがたかった。
「借りに行かないと無いですね~」
音源資料を探し終えた感じで君田は言った。
「行ってください!TSUTAYAでも、どこでも借りに行ってください!」
私は少し苛立っているようだった。
「じゃ、近所の『音楽巾着』で借りたモノでも大丈夫ですか?」
音楽巾着? CD レンタル店の店名だろうか!?
私は苛立つ感情を抑えて尋ねた。
「何ですか?その店は」
「オバチャンが手作りの布製の巾着に入れて CD を渡してくれるところなんです」
どうやら、君田は『音楽巾着』というローカルの CD レンタル店の由来となるどうでもいいサービスについて教えてくれたようだった。いったいこの男は何を言いたいのだろう?
どこで借りても CD は CD。音源に変わりはないはずだ。
「一番近いんです。そこが」
君田はさらに訴えかけてくる。
私は 1 つ深呼吸してから言い返した。
「そこでいいです。借りるお店にこだわりはないですから」
君田は「わかりました」と何事もなかったように言い放ち、さっきの用紙に記入している。私はもやもやしながら君田の次の言葉を待った。
「あと、キャンドルサービスなんですけど・・」
次の話になっていた。
「やっぱり、ひとつずつテーブル回るのって、キツいじゃないですか?」
この男はどの立場で発言しているのだろう?これが『男性側の意見』って言うやつなのだろうか?キャンドルサービスにキツいとか、キツくないとか、の尺度はないはずだ。
「それで、いちいちテーブルを回って行かなくてもいいように・・」
君田はそう言いながら、テーブルの下からトーチを取り出した。
「この柄の持つところを回してもらったら、伸びるようになってます。」
君田は手際よく伸縮式のトーチを伸ばし始めた。
何それ?何その感じ?少しも非日常感がないじゃない?
私の心の中はまた乱れ始めた。
「これでほぼ動かずに全テーブルを網羅できますから」
君田はしてやったりとした顔をしている。
私は想像した。バカ⾧いトーチで高枝切りハサミのようにろうそくの灯をともすところを。
私は少し声を荒げることになった。
「その便利グッズみたいな、そんなふざけたヤツいらないんです!!」
一瞬、他のテーブルの話し声がぴたりと止んだ。
私は古いドラマのような咳払いをするしかなかった。
それから声のボリュームを極端に小さくならないように気をつけて、
動じる様子が微塵もない君田に聞いた。
「・・・他に演出はないんですか?」
慌てることなく君田は少し考えて、口を開いた。
「他であれば、新郎新婦様の合図と同時に、全テーブルのキャンドルが一斉に点火するというのもあります。これは人気の演出ですね」
私は初めからそう言うのを聞きたかった。
「すごく良いのがあるじゃないですか?私たちの合図で一斉に点火するんですよね?」
「そうです。」
君田は即答する。
「素敵です!それにします」
私は少し嬉しくなり、君田の腕にふいと自分の手を掛けた。
その瞬間、君田は露骨に嫌な感じで、私の手を振り払った。
私は何かしでかしたのだろうか?少し驚く私を見ながら、
君田は無表情で言い放った。
「書いてます、書いてますんで、ハイ」  
結果的に君田が用紙に記入しようとしたのを一瞬止めたような形になったのは確かだが、それがこの男の琴線に触れたのだろうか?
「あと、新婦様からご両親へのお手紙なんですが・・」
また次の話になっていた。君田の顔は柔和な表情に戻っている。
私は気持ちを落ち着かせながら、この男に調子を合わせた。
「あ、はい、手紙ですね」
柔和な表情のまま君田は続ける。
「こちらごに思い入れがないようでしたら、特に読まなくても大丈夫ですよ。強制ではありませんので」
私の声はまた大きくならざるを得なかった。
「思い入れありますよ!」
君田はそれでも普通に確かめようとしてくる。
「ありますか?」
「あるに決まってるじゃないですか?手紙は読みます!」
私は少し中腰になっていた。
君田は目を細めてしんみり言った。
「きっと素敵なご両親なんですね~」
「当たり前でしょ!」
この男のペースで話しているとどうしても感情の起伏が激しくなってしまう。
理由はわからないが、これは何かの心理テクニックで心理的にコントロールされようとしているのかも知れないと思った。
「それでしたらオススメの演出があります!」
いつの間にか君田も少し中腰になっている。
私は感情を抑え、君田のおススメを待った。
「『ジョブズ・スタイル』と、言うのがあります」
その響きに全くいい予感はなかったが、私は聞くしかなかった。
「『ジョブズ・スタイル』って何ですか?」
「アップルの創業者、スティーブ・ジョブズはご存じですね?」
「はい」
「ジョブズの新作発表会のように、ご両親への手紙を読んでもらいます」
君田はそう言って立ちあがり右左と動きまわりながら、ジョブスのような身振り手ぶりをして見せた。
私はどういうことか少し考えた。
両親への自分の思いを分析したり、他の親と比較したりするってことだろうか?私は声を大にして言った。
「何の意味があるんですか!?そんなことをして」
「ご両親によりわかりやすく、そして世界により熱く伝える、そう!こういう感じで!」
君田はそう言い、両手を大きく広げて天を仰いだ。
「しないです!そんなことしないです!!」
私はまたもや声を張り上げることになったが、こちらの感じに慣れたのか、
他のテーブルからはこちらを気にしているような気配はなかった。
君田はジョブスに没頭し、掛けてもいない眼鏡を上げ下げしている。
「手紙の内容はiPadに入力させてもらいます」
君田はそう言ってエアー眼鏡をずり上げた。
私の中でプチッと何かが切れた。
「手書きで書くからいいんでしょ!」
私はテーブルの上を軽く叩いた。
すると憑き物が消えるように、君田はジョブスの模写を止め、
「わかりました」と無表情で返事をした。
果たしてこの男にどれだけ気を使う必要があるのだろうか?
絶対ないはずだ。それでも私は「本当に冗談ばかりなんだから」というニュアンスを出来るだけ込めて言った。
「普通に読みますね。もう~」

私の家系は親戚が多く、しかも皆、近所で固まって暮らしていた。
大阪の小さな工場が立ち並ぶ一角で、大人たちは汗水垂らして一生懸命働いて、私たち子供が不自由の無いようにと育ててくれた。
私は幼い頃からそういう大人たちの中で生きてきたからなのか、無理を言うこともなく、常にその場の空気を読むところがあった。
  
君田にようやく何か伝わったのかはわからないが、その後は淡々と打ち合わせが進んだ。打ち合わせ中、君田は書き込んでいた用紙を見ながらひとりで「うんうん」と頷いていた。終わりに一生のいい想い出になるように、当日、しっかりサポートすることを約束してくれた。
それから私は深々とお辞儀をする君田に見送られ『俺の式場』を後にした。


結婚式当日。今日は言うまでもなく大安だった。
天気もよく、式場の白い建物が良く映えている。
打ち合わせの日から今日まで、私も康彦もお互い仕事がピークで電話することすらままならなかった。康彦は一流の商社に勤めており、結婚後、ヨーロッパに赴任する。
私も今の仕事を辞めて一緒にヨーロッパについて行くことになっている。
私の会社は小さな出版社で、周りからは玉の輿に見られているようだった。お互いその引継ぎや準備で怒涛の日々を送って今日に至った。
私は結婚式に憧れることはあったものの、どうしても式を挙げたいと言う考えではなかった。しかし康彦の「結婚式は親の為にやるものだから」という言葉に共感し、今回、無理をしてでもやると二人で決め、結婚式を開くことになった。私の両親も大挙親戚を引き連れて今朝、大阪から上京してきた。
挙式は併設されたチャペルで無事終えた。
私も含めて全員が緊張したまま、あっという間の時間だった。
その分、誰も泣くことはなかったが、儀式としては問題なかった。
披露宴はそうはならないだろう。やっぱり両親への手紙はやばい。
お父さんは泣くに決まっている。お母さんはそのお父さんを見てもらい泣きってところだろう。きっと私も泣くんだろうな・・・

「そろそろ始まるな、美雪」
康彦も挙式の時よりはだいぶと落ち着いているようだった。
康彦と私は披露宴会場に入る通路で待機していた。
「ごめんな、打ち合わせもなかなか参加出来なくて。ほとんど君任せで」
「ううん。あなたが仕事を頑張ってくれるから、こうやって結婚式が出来てるんだから」
私の安月給では到底これだけの盛大な結婚式は開けない。
そう考えると、やっぱり私は玉の輿なんだと思った。
「幸せにするよ」
「ありがとう」
私はもうとっくに幸せだった。
「お願いしまーす」
式場のアテンドスタッフが私たちを呼びに来たようだった。
プランナー以外は女性スタッフもチラホラいるようだったが、私たちを呼びに来たのは若い頼りなさそうな男性スタッフだった。
私たちは指定の場所まで連れて行かれ、そこで立っているようにと言われた。
まもなく照明が薄暗くなった。
「それにしてもせり上がりなんて初めてだから緊張するよ」
康彦がにわかに信じがたいことを口にした。
私は顔が引きつるのがわかった。
「えっ?どういうこと?せり上がりになってるの?これ」
私は足元を見たが暗くてよく見えなかった。
「なあ、本当に暗いな」
「違うよ?私、扉から入るって言ったもん!スタッフさん、私たち扉から入りますよ!」
私は薄暗い中、ペンライトを持つスタッフに向かって声をかけた。
あおり音楽のボリュームが大きくなっている中では、私の声は届かないかと心配したが、スタッフがこちらに来てくれた。
私が話しかけようとすると、スタッフは康彦に何かを渡し、すぐ定位置に戻っていった。
「ちょっと、ちょっと~!」
私は困惑して再度スタッフを呼ぼうとした。
「君、このマイクで歌うの?」
康彦はそう言ってスタッフから受け取ったマイクを私に手渡した。
「え?歌わないよ、私!?」
「妻が歌うんですよね?」
康彦が大きめの声でスタッフに聞いている。
スタッフは薄暗い中、両手で大きく丸を作っている。
「借りに行くって言ってたのに!CD借りに行くって!」
私の苦情はそのスタッフには何も通じないようだった。
康彦は大丈夫とばかりに私の肩に手を置いた。
そして頭上を見上げながら言った。
「開いたよ」
見上げると、大人二人が出られそうな四角い出口がぽっかり開いている。
ウィーン。機械音がする。自分の足元がせり上がっているのがわかった。
私は身動きすることも出来ず、そのまませり上がっていくしかなかった。
舞台上は明るく、私たちの顔が出たところで、どっと会場が沸くのがわかった。
せり上がり切ると、あおり音楽が一旦フェードアウトした。
カウントが始まる。私には歌う選択肢しかなかった
「♪Can you celebrate?~」
歌い出すと会場から「おまえが歌うんかい!」「生で歌うんけ?」と親戚軍団の大阪弁が、聞こえて来た。
笑い声もあちらこちらから聞こえる。
何で『音楽巾着』に借りに行ってへんねん!
心の中で私は大阪弁に戻っていた。
何とか歌い終えたが、私は放心状態だった。
どこにいるのかも、わからなくなりそうだった。
頭もぼんやりしている。
康彦の方を見ると、スタッフとまた何やら話しているようだった。
「柄の部分を回したら伸びるんですか?はいはい・・」
康彦の声が少しずつ頭に入ってくる。
康彦が持っているのは伸縮式トーチだった。
私は途端に目の前が暗くなった。
私は心の中で連呼した。
要らんねん、要らんねん、要らんねん、その伸びるヤツも~!!
私はスタッフに向かって声を荒げた。
「私、要らないって言ったよね⁉」
しかしスタッフはこちらを見ることなく康彦に説明を続けている。
「スゴい便利ですね~。届くかぁ?」
康彦も無邪気にトーチを伸ばしていく。
「康彦も伸ばさなくていいの!」
私の声に気づいた康彦が私に向かって言う。
「すごく便利じゃないか!」
「違うの。そう言うことじゃなくて・・」
康彦は私のそばに戻り、私の手をやさしく握った。
「さぁキャンドルサービス行こう!」
康彦の反対の手には、面白便利グッズがしっかり握られている。
私の心の叫びはマックスとなった。
全部オーダーが違うねん!私の言った通りになってへんねん!
遂には心の叫びが口から出てしまう。
「もうちゃんとやってんか~ッ!!」
瞬く間に全テーブルのキャンドルに火が灯った。
明らかにタイミング的にはおかしかったが、会場からは一応拍手が起こった。私は推察した。
大阪弁で私が叫んだ「ちゃんとやってんか」の「てんか」を合図にキャンドルが点火されたのだろうと。
「違―う!!」
私は叫ばずにいられなかった。
「どうして、すごいじゃない?」
「そういう意味じゃないの!」
「いや、綺麗だったな~、スゴかったな~」
康彦はこんなに無邪気だったのか、と新しい面を見られたのは良かったが、
一番楽しみにしていた演出も変なタイミングになってしまい、私は少し泣きそうなった。
「もう違う!私が言ってたのと・・」
その悲痛な声も康彦に届くことはなかった。
康彦はスタッフから何やら耳打ちされていた。
「このタイミングで手紙読んでくれって」
それが耳打ちの内容だった。康彦が続ける。
「花嫁さん、今泣きそうだから、手紙ちょうどいいでしょってさ。」
何で「泣く」先行やねん⁉逆やろ?手紙読むから泣くんやろ?!覚めるわ!
そう思うと、涙は自然と止まった。
「あと、これだって」
康彦はそう言って、私にメガネとiPadを見せた。
「ジョブズ・スタイルの準備してるじゃん!」
ほどなく会場が暗くなった。
「やりませんよ!」
そう言う私を、ただ気おくれしているだけとでも思っているのだろう。
康彦はしっかり励ましてくる。
「頑張ってなー!美雪」
やらへんって言うてんねん!
私は心の中で抵抗し続けるが、冷静な自分がいるのもわかっていた。
「頑張れ!美雪ちゃん!待ってました!」
叔父の掛け声が私に一線を越えさせようとする。
その時、スポットライトの光が私に集中した。
「もうえぇ!やったるわ!」
私はサッと眼鏡をかけ、うる覚えのスティーブ・ジョブスで身振り手振りを交えながら右に左に動き回る。ドレスを動きやすいものにしていて正解だった。
「お父さん、お母さーん!私はあなたたちの娘に生まれることが出来て本当によかった。この想い届いてますかァ~ッ!」
「届いてる届いてる~!」
叔父がすかさず合いの手を入れる。
「一緒に過ごしてきた時間の中で楽しいこと辛いこといろいろありました。その割合をグラフにしたものがこちらです!」
私は、スクリーンの方を指さすが、もちろんそこにはグラフなどは出ていない。スクリーンにはみんなの笑い顔が映し出されていた。
私はiPadを高々と掲げる。
「お二人にもらった愛に対する感謝の全てがデータでここに入っています。
これが本当の『愛Pad』って、言うてる場合か!!」
会場は笑いの渦で包まれた。
自然とスタンディングオベーションも起きる。
私は自分に嘘をついていたことに気づいた。
結婚式なんか興味ないとか、どうでもいいとか、それは共働きの両親や周りの大人たちに気を使って自分に思いこませて来ただけだった。
結婚式ってこんなんじゃない!安室ちゃんの音楽で入場して、キャンドル点灯で感動して、両親への手紙で泣いて、・・なのに。
スクリーンを見ると眼鏡をかけた汗まみれの花嫁が映しだされている。
そうだ!全部あいつのせいだ!あいつは何を用紙に書き込んでいたのか?
用紙を見てうんうん頷いていたのはフェイクだったのか?
晴れの舞台をこんな風にしたあいつは!?君田は!?どこ!?
私は歓声が鳴りやまぬ中、大声で叫んだ。
「ウェディングプランナーはどこー!?私の担当のプランナーはどこ~!?出てこーーいッ!!!」
その瞬間、せり上がりからバーンと君田が跳び出した。
「お呼びでしょうか?」
「おー」と歓声が上がる。
スタンディングオベーションはしばらく鳴り止むことはなかった。


ドナウ川沿いにある公園前のアパートが私たちの新居になった。
何もかもがこれまでと違い過ぎていた。
私はずっと夢を見ているようだった。
夕食を作り終えてから康彦が帰ってくるまでの時間、一人用のソファーに座って窓から夕陽をぼんやり眺めるのが毎日の習慣になった。
おだやかで美しい毎日だった。
玄関のベルが鳴った。
康彦にしては少し早すぎる。
それは日本からの国際宅配便だった。
送り主は俺の式場・君田となっている。
中身は結婚式の模様を撮影した DVD だった。
DVD は手作りの巾着に中に入れられていた。
私は非日常の美しい世界に日本から悪夢が追いかけてきたと思った。
荷物には君田からの手紙も添えられていた。
内容は要約すると、色々迷惑をかけたことを詫びるものが大半だった。
あと、私の演者としての能力に驚いたこと、この巾着は『音楽巾着』の巾着ではなく、自分が手作りした『俺の巾着』であること、が書かれていた。
あの結婚式の後、康彦は「これからは今まで以上に君をリスペクトする」と言ってくれた。康彦のご両親からも「よく頑張ったね」と、涙ながらに労ってもらった。同僚や友人も「玉の輿は自分で汗かいて勝ち取るものだ、勉強になった」と言ってくれた。何故か一体感が生まれたらしく、お互いの家族と家族の距離も一気に近くなった。
そう振り返ると、あれはあれでよかったのだろう、と今は思えた。
ウェデイングプランナーという仕事は、結婚式に出席する人たち、みんなの人生にも何かと影響を与える大事な仕事なんですね、そういつかあの男に言ってやろう。
  
玄関のベルが鳴る。
康彦が帰って来たようだ。
「♪Can you celebrate?~」
私は思わず口ずさんだ。




※短編小説 ウェディングプランナー 2022/2



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