フラジャイル家電とロバスト家電
ヤンさんとエフェクチュエーションに関する往復書簡をやっている。前回はヤンさんが「フラジャイル」と「ロバスト」という視点を提示してくれた。
初めて知った知識に「へえ」と思いながら私はそれを、キッチンにある調理家電を思い浮かべながら読んだ。ホットクックとコーヒーメーカーである。
ホットクックは日本製の超絶ハイテク調理家電である。鍋に材料を入れてボタンを押せばおいしい料理が出来上がる。なんだかよくわからないからハイテクなんだろうと思うくらい、ハイテクである。ハイテクって言葉はもう古いんだろうか。まあいい。
そしてこのホットクックはよくしゃべる。こちらが何か間違いを起こすと
「混ぜ技ユニットが取り付けられていません。混ぜ技ユニットを取り付け、スタートキーを押してください」
と言って調理を始めないのだ。材料を入れすぎた時もセリフは忘れたが、エラーが出て動かない。途中でコンセントを抜くと次の時に「調理中に停電しました」みたいなことを言う。それ以外でも他愛のないところでは「加熱していますよ」とか「出来ていますよ。忘れているのかな」とか、はては「がんばりました」と自己アピールも忘れない。実に高性能である。
しかし一方、よく故障の話も聞く。故障すると本社だか工場だかへ自分で送る必要があるとかで、なかなか大変らしい。これほどの精密な機械であれば、そりゃ壊れもするだろうなと思うので、これはフラジャイル家電だな、と思った。
ホットクックの隣にはコーヒーメーカーがある。これはイギリスのメーカーのもので、特に珍しい機能はない。主電源はコンセントで、タイマー機能はあるが、コンセントを抜いて主電源を切ると設定時刻も保存されずに消えてしまうので、めんどくさくて使っていない。結局はただ単に、水とコーヒー豆をセットしてボタンを押せば、コーヒーをドリップしてくれる、という代物である。
このコーヒーメーカーは一切、喋らない。ドリップが終わった時でさえ、何の音も発しない。「ピー」で良いのにそれもないから、こちらはセットした水がなくなりかけてゴボゴボいう音がするのを聞いて、仕上がりが近いのをそれとなく察し、最終的にはコンセントを入れたときにいつも表示される12:00の時刻表示が12:10を過ぎていることを確認して「ああ終わってるな」と思うという塩梅である。なんなんだこれ、と思うがコーヒーはそれなりに美味しいので良しとしている。
仕上がった時にも何も言わないのだが、そうでないときにも、もちろん何も言わない。
このコーヒーメーカーの使い方は実に単純な手順なのだが、これがまた、びっくりするくらい私はよく間違いを起こす。例えば豆をセットし忘れて、ただ単にお湯がポットに仕上がっていたとか、逆に水を入れ忘れたためにいつまでもドリップが終わらなかったりした。こんな単純な機械を扱うのにミスをするするものなのかと、私は我ながら驚いた。
どんなに設定ミスがされようとも、この英国紳士は、ひとたびスタートボタンが押されると、文句も言わず粛々とコーヒーを入れるという動作に徹する。そして私は思いつく限りあらゆるミスを犯したが(たとえば付属のメッシュフィルターを忘れて豆をセットして、豆交じりのコーヒーが仕上がるなど)、コーヒーメーカー自体には、特に何も起こらない。紳士はただじっと黙って、事の成り行きを静観しているばかりである。
ただ一度だけ、ドリッパーからポットにコーヒーが落ちてくる仕組みに重要な役割を担っている、ポットの蓋(これも本当はポットから外せない仕様なのだが、ポットが洗いにくいため無理やり外している。これはこれで、特に何の支障もなくもとに戻せる)のセットをし忘れて、ドリッパーに落ちたお湯がコーヒーになってポットに落ちることができない状態になっていたことがあった。しかし英国紳士の一途な仕事ぶりにより、ドリッパー内がコーヒーでいっぱいになってついにはあふれてしまい、コーヒーメーカーとその周りが水(コーヒー)びたしになったことがあった。これは結構、機械の中にもコーヒーが入ってしまって、ちょっとどうなることかと心配した。しかし、やっぱり壊れなかった。彼は自分が水(コーヒー)びたしになろうとも構わず、ひたすらにドリッパーにあるだけの水を供給し続けたのである。なんという融通の効かなさであろう。いや、間違っていても構わずミッションを実行してしまうということは、逆にめちゃくちゃ融通がきくということなのだろうか。よくわからない。
これがホットクックなら絶対「ポットに蓋がされていません。ポットに蓋をして、スタートキーを押してください」とか言って、ドリップは始まらないに決まっている。他にも「コーヒー豆がセットされていません」とか「水が入っていません」とか教えてくれるはずだ。そしてもちろん、無事にコーヒーが出来上がったときには「お待たせしました」と言って仕上がりを知らせてくれるに違いない。
ロバスト、という概念を知ったとき、だから私は「ああうちのコーヒーメーカーだ」と思った。
多少のミスがあっても構わず実行し、そして壊れないコーヒーメーカー。「お前がスタートしろって命令したからやったんだ」と言わんばかりの、開き直りにも似た実直さである。そしてこちらにどんなミスがあろうとも、壊れない。まあ、単純な機械の良さはここだろう。と、そんなことを思いながらその日もまたコーヒーを入れようと、英国紳士のコンセントを入れた。
いつも通り、12:00の表示がされる。ただ電源が入ったということだけを知らせる、時刻としては全くもって無意味な表示である。
いつもは特に気にも留めないその7セグメントの表示に何か違和感を覚えて「ん?」と言いながらよく見てみた。
「12:00」の「2」の最後と、時刻の「0」の初めの一画目が消えている。壊れているではないか。
「ええっ、そこ?!」
私は思わず叫んだ。ここはコーヒーとは全然関係のない部分である。間違って使ったという覚えもない。使いようもない。それがなぜ、ここが壊れるのか。もっと他に壊れるところはあるんじゃないのか。
とはいえ、相変わらずコーヒーは全く問題なく仕上がるので、これは何も起こっていないこととする。だからここを修理するという考えもない。ロバストである。多分。
一方、ホットクックは相変わらずよく喋りながら、こちらも問題なく毎日おいしい食事を作ってくれる。壊れないので本当にフラジャイル家電なのか確かめられていないのであるが、まあ、その方がいいので、これからもこのまま頑張ってもらいたいものである。