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【私の感傷的百物語】第二話 猫の声
中学生か、高校生のある夜、外から聞きなれない声が部屋に響いてきました。その時、僕は本気で赤ん坊の泣き声だと思いました。雨戸のシャッターごしに
「あー、あー」
という声が、なんの前触れもなく聞こえてきた瞬間、僕はほとんどパニック状態となってしまいました。これまで読んできたお化けの本などで読んだ、水子の幽霊とか、川赤子といったイメージが次々と思い出され、金縛りにあったようにその場から動けなくなってしまいました。途切れることなく
「あー、あー」
という声は響き渡り、最後には足元にいよいよ赤ん坊が現れ、足にしがみついてくるのではないかという予感で、震えと汗が止まりませんでした。
なんとか体の自由がきくようになってから、僕はほうほうのていで居間の仏壇へと向かい、祖母の数珠を掴んでから取って返すと、ベッドの中で布団を被りながらその数珠を握りしめ、ひたすらに題目を唱え続けました。こんなことをしても無駄ではないか、という思いも強くありましたが、外へ出て行って正体を確かめる度胸もなく、もはやそうする他に手段がなかったのです。しばらくすると声は止み、僕は汗だくになりながら、赤ん坊が現れなかったことに安堵したのでした。
後に家族に夜の出来事を話すと、それは発情期の猫の鳴き声だと教えられ、なんだか自分が民話(それも滑稽話)の登場人物になったような気がしました。「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」とはよく言ったものです。しかし、よくよく考えてみると、ああした奇妙な声を出せるというだけで、当時の僕にとって、猫は立派な怪異なのでした。大学生時代も、住んでいた学生アパートの外で、夜に盛りのついた猫の声を聞きました。正体が分かっていたので、今度は動けなくなったりはしませんでしたが、夜の闇の中から流れてくる音は、やっぱり少し不気味に思えました。
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