【私の感傷的百物語】第七話 Y字校舎のポルターガイスト
今はもう取り壊されてしまったので残ってはいませんが、僕が高校時代には、通っていた学校の敷地内に「Y字校舎」という名前の建物がありました。学校の前身であった工業高校時代の校舎で、その名前の通り、上から見ると三方向に突き出たY字の形をしていました。中心部にはらせん階段設置されていて、建った当時から、一風変わった構造だと思われていたことでしょう。Y字校舎の中には、運動部の部室や調理室、生物室、化学実験室などがありました。当時の僕は自然科学部に所属しており、部室が生物室だったこともあって、放課後は生物室で魚の飼育をしたり、こっそり携帯ゲームをしたりと、うだつの上がらない高校時代を過ごしていました。
この風変わりな旧校舎は全体的に薄暗く、埃っぽい印象でした。夜ともなると廊下は真っ暗闇で、おまけにらせん階段からやたらと音が反響してきて、さながらお化け屋敷でした。文化祭が近くなると、展示物の準備で(珍しく真面目に)遅くまで残っていると、三階にある生物室のすべてのドアを施錠した後で、一階の出入り口から帰らなければならなくなります。必然的に、暗闇の中を歩いて出口まで向かうことになる訳ですが、「自分以外に何かいるのではないか」という思いがしばしば脳裏に浮かびました。ただ、そんなことを考えるのは怖いので、一生懸命、何も考えないようにしながら歩いたものです。ビクビクした自分の足音と、非常口マークの薄明かりが妙に印象に残っています。
実際、Y字校舎ではよくポルターガイスト現象のようなことが起こりました(ドイツ語で「騒がしい霊」という意味だと知ったのは、水木しげるの妖怪図鑑でしたか)。と言っても、勝手にドアが開いたり、戸棚がギシギシと軋んだり、といった他愛もないことがほとんどで、実際は金具の調子が悪かったりして生じたものでしょう。僕も周囲の友人たちも、別に心霊現象だとは思っていませんでしたが、冗談半分にこうした現象を「ポルちゃん」という愛称で呼んでいました。
しかし、一度だけ、冗談とは言えない事態が起こったらしいのです。らしい、というのは、僕はことが起こった直後しか知らないのです。高校一年生の時、部活中に何かやぼ用があって、本校舎へと行きました。そして生物室へと戻ってくると、部屋の隅にある掃除用ロッカーの周囲で、先輩たちが呆然と立っていました。僕の顔を見ると、先輩たちは今度は「え?」とでも言うかのような驚いた表情になりました。話を聞いてみると、今しがたこのロッカーがガタンガタンと激しく揺れていたのだとか。そこそこの大きさのシロモノだったため、先輩たちは「きっと後藤が中に隠れて悪ふざけをしている」と思ったのですが、その直後に僕がやってきて、面食らってしまったというのです。中に入っているブラシやバケツが倒れた程度では、あんな揺れ方はしないという位の、尋常でない揺れ方だったそうです。しばらく躊躇してから思いきってロッカーの扉を開けてみましたが、中の掃除用具にも、ロッカー自体にも、異常な点は見当たりませんでした。
現在、Y字校舎のあった場所は小綺麗な小学校になっています。改めてあの建物へ思いを馳せると、一応は科学の徒であったにも関わらず、非科学的存在の影に怯えながら実験、観察、そしてサボタージュを行っていた自分が、なんだかおかしく思えてきます。そして同時に、人間というものの面白さをしみじみ感じます。
怖くて、そして魅力的な、Y字校舎での青春時代でした。