見出し画像

【私の感傷的百物語】第二十四話 学校のトイレ

小学校、中学校、高校と、校舎にあるトイレを利用したことが一度もない、という人はまずいないと思ういます。それなのに、なぜ学校のトイレというのはあんなに怖いのでしょうか。トイレの花子さん、便所からの手、ハンカチの色を質問してくる声、等々……。学校トイレの怪奇は、枚挙にいとまがありません。

そもそもトイレというのは、寝室と同様に人間が最も無防備になる場所ですから、そこを襲われたらどうしよう、という想像がはたらくのは、もっともなことだと思います。加えて、学校のトイレでは「仕切られた個室空間」の存在が、怪異の発生に重要な役割をしています。なぜなら、男女両方とも、怪異が生じるのは決まってこの個室トイレの方だからです(男子用の小便器に幽霊が出たという話は聞いたことがありません)。

区切られた、狭い個室は、それだけで圧迫感があります。しかも、自分の家と違い、トイレ自体は非常に広いのです。その中の一角、薄暗い一室にいる、という感覚が、怖さを増幅させます。ドアを開ければすぐにトイレから抜け出せる、という訳ではないのです。友人たちとの距離が非常に離れているように感じます。そして、あるのは無機質に整然と並んだタイルと、水の溜まった冷たい便器(幽霊の出る井戸を思わせます)だけです。この空間に一人でいて、あまつさえ用を足すという行為をするのは、怖がりな子供にとって大変に酷なことでしょう。

僕自身はトイレが一番怖かったのは小学生の頃で、中学、高校は校舎のトイレが綺麗だったこともあって、使うのにさほど苦痛を感じませんでした。しかし一度、高校時代に夜の七時過ぎまで校内に残っていた時、便意をもよおしてしまいました。仕方がないので、普段は特別進学コースの人たちが使っている、三階のトイレへと向かいました。我が校きっての秀才諸氏は当然、全員帰ってしまっており、トイレの入り口付近はわずかな照明が廊下の床を照らしています。その中を小走りで駆け抜けてトイレの前に立つと、中は真っ暗闇で、それを見た瞬間、我ながら情けなくなるほど怖気だってしまいました。そんな中でも、なんとか手探りで壁にあるスイッチを探り当て、カチリという音とともに照明を点けました。一瞬で部屋全体が明るくなり、これで安心するかと思えたのですが、ところがそうはいきませんでした。この状況自体が不自然なのです。

夜の学校の、教室には誰もいない階で、トイレだけが明るい。そこに自分が一人だけ。そして今から、さらに孤立した個室の中に入るのです。用を足している間に、もしも、突然停電したら。もしも、仕切りの上から、誰かが覗いてたら、もしも、ドアの隙間から血が流れてきたら……。この特異な場面においては、ありとあらゆる「もしも」が、まるで現実に起こりそうに思えてきて、不安と緊張で、なかなか用足しを済ませることができませんでした。

夜の学校のトイレなど、使うものではありません。

「いらすとや」さんの描いたトイレの花子さん。最も有名なトイレ怪異の最大公約数的な姿か。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?