商品先物取引手法に関する顧客説明責任(H21/12/18)
【前提】
金融の世界で「Futures」と呼ぶ「先物」とはデリバティブの一つで、価格や数値が変動する各種有価証券・商品・指数等について、未来の売買についてある価格での取引を保証するものを指す。この先物取引は、売買の当事者が任意に期日を決め現物を受け渡すことを約する契約(先渡し契約)ではなく、市場が期日(取引最終日・納会日)を決め、期日までに反対売買により差金決済することが主流だ。先物取引はリスクが高く、トラブルが少なくない。本件はその中の一つである。
価格の決定は、主に「ザラバ取引」と呼ばれるルールに基づくものと、「板寄せ取引」と呼ばれるものに分かれる。前者は注文が入ってきたらその都度取引を成立させるやり方、後者は売買が行われておらず売り注文と買い注文が交錯している状態の時にある一定のルールに基づいて売り注文と買い注文のバランスにより売買を成立させる方法である。本件はザラバ取引に関するものである。
「限月」とは、先物取引やオプション取引において、先物の期限が満了する月のこと。現在、日本の債券・株式先物取引の限月は3、6、9、12月で、オプション取引の限月は毎月。
【概要】
以下、上告人が一般の会社、被上告人が商品取引先物取引業者である。●上告人は,被上告会社との間で商品先物取引委託契約を締結し,これに基づき,東京工業品取引所の白金の商品先物取引を行った。その結果,上告人は合計687万9970円の損失を被った。●被上告会社は,少なくとも,上記取引期間中,平成18年4月限及び6月限の白金について,それぞれ委託玉(商品取引員が顧客の委託に基づいてする取引)と自己玉(商品取引員が自己の計算をもってする取引)とを通算した売りの取組高と買いの取組高とが均衡するように自己玉を建てることを繰り返していた(以下,このように委託玉と自己玉とを通算した売りの取組高と買いの取組高とを均衡するように自己玉を建てることを繰り返す取引手法のことを「本件取引手法」という。)。そして,本件取引手法が用いられると,取引が決済される場合,委託玉全体と自己玉とに生ずる結果が,一方に利益が生ずるなら他方に損失が生ずるという関係にある。この意味で,委託者全体と商品取引員との間には利益相反の関係がある。●上告人は,被上告人 が被上告会社において本件取引手法を用いていることについて説明しなかったことが上告人に対する不法行為を構成すると主張している。
【条文】
従前は「商品取引所法」という法律であったが、2011年に改正され、「商品先物取引法」というものに変わった。
商品先物取引法
第2条
この法律において「商品」とは、次に掲げるものをいう。
一 農産物、林産物、畜産物及び水産物並びにこれらを原料又は材料として製造し、又は加工した物品のうち、飲食物であるもの及び政令で定めるその他のもの
二 鉱業法(昭和二十五年法律第二百八十九号)第三条第一項に規定する鉱物その他政令で定める鉱物及びこれらを製錬し、又は精製することにより得られる物品
三 前二号に掲げるもののほか、国民経済上重要な原料又は材料であつて、その価格の変動が著しいために先物取引に類似する取引の対象とされる蓋然性が高いもの(先物取引又は先物取引に類似する取引の対象とされているものを含む。)として政令で定める物品 【筆者注:「商品先物取引法施行令」にて物品・鉱物が各々に定まっている】
四 電力(一定の期間における一定の電力を単位とする取引の対象となる電力に限る。以下同じ。)
2 この法律において「商品指数」とは、二以上の商品たる物品の価格の水準を総合的に表した数値、一の商品たる物品の価格と他の商品たる物品の価格の差に基づいて算出された数値その他の二以上の商品たる物品又は電力の価格に基づいて算出された数値をいう。
3 この法律において「先物取引」とは、商品取引所の定める基準及び方法に従つて、商品市場において行われる次に掲げる取引をいう。
一 当事者が将来の一定の時期において商品及びその対価の授受を約する売買取引であつて、当該売買の目的物となつている商品の転売又は買戻しをしたときは差金の授受によつて決済することができる取引
二 約定価格(当事者が商品についてあらかじめ約定する価格(一の商品の価格の水準を表す数値その他の一の商品の価格に基づいて算出される数値を含む。以下この号において同じ。)をいう。以下同じ。)と現実価格(将来の一定の時期における現実の当該商品の価格をいう。以下同じ。)の差に基づいて算出される金銭の授受を約する取引
三 当事者が商品指数についてあらかじめ約定する数値(以下「約定数値」という。)と将来の一定の時期における現実の当該商品指数の数値(以下「現実数値」という。)の差に基づいて算出される金銭の授受を約する取引
(以下略)
本件で話題となったのは、業者の行為違反があったかどうかにある。
第二百十三条 商品先物取引業者並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない。
第二百十四条 商品先物取引業者は、次に掲げる行為をしてはならない。
一 顧客に対し、不確実な事項について断定的判断を提供し、又は確実であると誤認させるおそれのあることを告げて第二百条第一項第二号から第六号までに掲げる勧誘をすること。
二 商品取引契約の締結又はその勧誘に関して、顧客に対し虚偽のことを告げること。
三 商品市場における取引等又は外国商品市場取引等につき、数量、対価の額又は約定価格等その他の主務省令で定める事項についての顧客の指示を受けないでその委託を受けること(当該顧客を相手方とする商品投資顧問契約(商品投資に係る事業の規制に関する法律第二条第二項に規定する商品投資顧問契約をいう。次条及び第二百四十条の十六第一号ニにおいて同じ。)に係る業務として行うものその他委託者の保護に欠け、又は取引の公正を害するおそれのないものとして主務省令で定めるものを除く。)。
四 顧客から商品市場における取引(第二条第三項第一号に掲げる取引に限る。以下この号において同じ。)の委託を受け、その委託に係る取引の申込みの前に自己の計算においてその委託に係る商品市場における当該委託に係る取引と同一の取引を成立させることを目的として、当該委託に係る取引における対価の額より有利な対価の額(買付けについては当該委託に係る対価の額より低い対価の額を、売付けについては当該委託に係る対価の額より高い対価の額をいう。)で商品市場における取引をすること又は顧客から外国商品市場取引(同項第一号に掲げる取引に相当するものに限る。以下この号において同じ。)の委託を受け、その委託に係る取引の申込みの前に自己の計算においてその委託に係る外国商品市場における当該委託に係る取引と同一の取引を成立させることを目的として、当該委託に係る取引における対価の額より有利な対価の額(買付けについては当該委託に係る対価の額より低い対価の額を、売付けについては当該委託に係る対価の額より高い対価の額をいう。)で外国商品市場取引をすること。
五 第二百条第一項第二号から第六号までの委託又は申込みを行わない旨の意思(その委託又は申込みの勧誘を受けることを希望しない旨の意思を含む。)を表示した顧客に対し、同項第二号から第六号までに掲げる勧誘をすること。
六 顧客に対し、迷惑を覚えさせるような仕方で第二百条第一項第二号から第六号までに掲げる勧誘をすること。
七 商品取引契約の締結の勧誘に先立つて、顧客に対し、自己の商号又は名称及び商品取引契約の締結の勧誘である旨を告げた上でその勧誘を受ける意思の有無を確認することをしないで勧誘すること。
八 商品市場における取引等又は外国商品市場取引等につき、顧客に対し、特定の上場商品構成品等(外国商品市場における上場商品構成品等に相当するものを含む。)の売付け又は買付けその他これに準ずる取引とこれらの取引と対当する取引(これらの取引から生じ得る損失を減少させる取引をいう。)の数量及び期限を同一にすることを勧めること。
九 商品取引契約(当該商品取引契約の内容その他の事情を勘案し、委託者等の保護を図ることが特に必要なものとして政令で定めるものに限る。以下この号において同じ。)の締結の勧誘の要請をしていない顧客に対し、訪問し、又は電話をかけて、商品取引契約の締結を勧誘すること(委託者等の保護に欠け、又は取引の公正を害するおそれのない行為として主務省令で定める行為を除く。)。
十 前各号に掲げるもののほか、委託者等の保護に欠け、又は取引の公正を害するものとして主務省令で定める行為
商品先物取引法施行規則
第百三条 法第二百十四条第十号の主務省令で定める行為は、次の各号に掲げるものとする。
一 委託者等の指示を遵守することその他の商品取引契約に基づく委託者等に対する債務の全部又は一部の履行を拒否し、又は不当に遅延させること。
二 故意に、商品市場における取引の受託に係る取引と自己の計算による取引を対当させて、委託者の利益を害することとなる取引をすること。
三 顧客の指示を受けないで、顧客の計算によるべきものとして取引をすること(受託契約準則に定める場合を除く。)。
四 商品市場における取引につき、新たな売付け若しくは買付け又は転売若しくは買戻しの別その他これに準ずる事項を偽って、商品取引所に報告すること。
五 商品市場における取引等の委託につき、顧客若しくはその指定した者に対し特別の利益を提供することを約し、又は顧客若しくはその指定した者に対し特別の利益を提供すること(第三者をして特別の利益の提供を約させ、又はこれを提供させることを含む。)。
六 商品市場における取引等の委託、外国商品市場取引等の委託又は店頭商品デリバティブ取引若しくはその媒介、取次ぎ若しくは代理(次号及び第八号において「店頭商品デリバティブ取引等」という。)につき、顧客(特定委託者(法第百九十七条の四第五項又は第八項の規定により一般顧客とみなされる者を除き、法第百九十七条の五第四項(法第百九十七条の六第六項において準用する場合を含む。)又は第百九十七条の五第六項(法第百九十七条の六第六項において準用する場合を含む。)の規定により特定委託者とみなされる者を含む。以下同じ。)及び特定当業者を除く。)に対し、取引単位を告げないで勧誘すること。
七 商品市場における取引等の委託、外国商品市場取引等の委託又は店頭商品デリバティブ取引等につき、決済を結了する旨の意思を表示した委託者等(特定委託者及び特定当業者を除く。)に対し、引き続き当該取引を行うことを勧めること。
八 商品市場における取引等の受託、外国商品市場取引等の受託若しくは店頭商品デリバティブ取引等又はこれらに係る勧誘に関して、重要な事項について誤解を生ぜしめるべき表示をすること。
九 商品市場における取引等又は外国商品市場取引等につき、特定の上場商品構成品等(外国商品市場における上場商品構成品等に相当するものを含む。)の売付け又は買付けその他これに準ずる取引と対当する取引(これらの取引から生じ得る損失を減少させる取引をいう。)であってこれらの取引と数量又は期限を同一にしないものの委託を、その取引を理解していない顧客(特定委託者及び特定当業者を除く。)から受けること。
十 法第二百十四条第九号に規定する商品取引契約の締結を勧誘する目的があることを顧客(特定委託者及び特定当業者を除く。)にあらかじめ明示しないで当該顧客を集めて当該商品取引契約の締結を勧誘すること。
十一 商品市場における相場若しくは商品市場における相場若しくは取引高に基づいて算出した数値を変動させ、又は取引高を増加させることにより実勢を反映しない作為的なものとなることを知りながら、商品市場における取引の委託を受けること。
十二 商品市場における取引等、外国商品市場取引等又は店頭商品デリバティブ取引等に関し、受渡状況その他の顧客に必要な情報を適切に通知していないと認められる状況において、商品先物取引業に係る行為を継続すること。
十三 商品先物取引業に係る電子情報処理組織の管理が十分でないと認められる状況にあるにもかかわらず、商品先物取引業を継続すること。
十四 委託を行った商品先物取引仲介業者の商品先物取引仲介業に係る法令に違反する行為を防止するための措置が十分でないと認められる状況にあるにもかかわらず、商品先物取引業を継続すること。
十五 委託を行った商品先物取引仲介業者の商品取引事故につき損失の補てんを行うための適切な措置を講じていないと認められる状況にあるにもかかわらず、商品先物取引業を継続すること。
十六 委託を行った商品先物取引仲介業者に顧客に対する金銭又は有価証券の受渡しを行わせること。
(以下略)
【判決】
原審は本件取引手法について取引業者について顧客に対して利益相反の説明義務はないとしたが、バッサリと切り捨てる。
(判決文)
商品先物取引は,相場変動の大きい,リスクの高い取引であり,専門的な知識を有しない委託者には的確な投資判断を行うことが困難な取引であること,商品取引員が,上記委託者に対し,投資判断の材料となる情報を提供し,上記委託者が,上記情報を投資判断の材料として,商品取引員に対し,取引を委託するものであるのが一般的であることは,公知の事実であり,上記委託者の投資判断は,商品取引員から提供される情報に相応の信用性があることを前提にしているというべきである。そして,商品取引員が本件取引手法を用いている場合に取引が決済されると,委託者全体の総益金が総損金より多いときには商品取引員に損失が生じ,委託者全体の総損金が総益金より多いときには商品取引員に利益が生ずる関係となるのであるから,本件取引手法には,委託者全体の総損金が総益金より多くなるようにするために,商品取引員において,故意に,委託者に対し,投資判断を誤らせるような不適切な情報を提供する危険が内在することが明らかである。そうすると,商品取引員が本件取引手法を用いていることは,商品取引員が提供する情報一般の信用性に対する委託者の評価を低下させる可能性が高く,委託者の投資判断に無視することのできない影響を与えるものというべきである。
したがって,少なくとも,特定の商品(商品取引所法2条4項)の先物取引について本件取引手法を用いている商品取引員が専門的な知識を有しない委託者から当該特定の商品の先物取引を受託しようとする場合には,当該商品取引員の従業員は,信義則上,その取引を受託する前に,委託者に対し,その取引については本件取引手法を用いていること及び本件取引手法は商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負うものというべきである。