有責配偶者の離婚申立の権利(S62/9/2)

離婚にはいくつかの種類が存在する。

【条文】


1)協議離婚
民法
第七百六十三条 夫婦は、その協議で、離婚をすることができる。

2)調停離婚
家事事件手続法
第二百六十八条 調停において当事者間に合意が成立し、これを調書に記載したときは、調停が成立したものとし、その記載は、確定判決(別表第二に掲げる事項にあっては、確定した第三十九条の規定による審判)と同一の効力を有する。

3)審判離婚
家事事件手続法
第二百八十四条 家庭裁判所は、調停が成立しない場合において相当と認めるときは、当事者双方のために衡平に考慮し、一切の事情を考慮して、職権で、事件の解決のため必要な審判(以下「調停に代わる審判」という。)をすることができる。ただし、第二百七十七条第一項に規定する事項についての家事調停の手続においては、この限りでない。

4)裁判離婚
民法
第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
2 裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。

かくの如く、いくつかのバリエーションを設けているのは、民法が当事者間の合意を優先しているからである。この時、ポイントになるのは離婚の原因を作り出した者・・・一般に「有責配偶者」と呼ぶ・・・が、当事者間の合意で解決できないからと言って一方的に裁判所に訴える権利があるのか、という点である。ここについて、古くは有責配偶者からの訴えは認められていなかったのであるが、本判決は信義則の概念を持ち込みつつ、それを変更したものだ。

【判決】


上告人と被上告人との婚姻関係は破綻し、しかも、両者は共同生活を営む意思を欠いたまま三五年余の長期にわたり別居を継続し、年齢も既に七〇歳に達するに至つたものであり、また、上告人は別居に当たつて当時有していた財産の全部を被上告人に給付したのであるから、上告人は被上告人に対し、民法七七〇条一項五号に基づき離婚を請求しうるものというべきところ、原判決は右請求を排斥しているから、原判決には法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。
 一1 民法七七〇条は、裁判上の離婚原因を制限的に列挙していた旧民法(昭和二二年法律第二二二号による改正前の明治三一年法律第九号。以下同じ。)八一三条を全面的に改め、一項一号ないし四号において主な離婚原因を具体的に示すとともに、五号において「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」との抽象的な事由を掲げたことにより、同項の規定全体としては、離婚原因を相対化したものということができる。また、右七七〇条は、法定の離婚原因がある場合でも離婚の訴えを提起することができない事由を定めていた旧民法八一四条ないし八一七条の規定の趣旨の一部を取り入れて、二項において、一項一号ないし四号に基づく離婚請求については右各号所定の事由が認められる場合であつても二項の要件が充足されるときは右請求を棄却することができるとしているにもかかわらず、一項五号に基づく請求についてはかかる制限は及ばないものとしており、二項のほかには、離婚原因に該当する事由があつても離婚請求を排斥することができる場合を具体的に定める規定はない。以上のような民法七七〇条の立法経緯及び規定の文言からみる限り、同条一項五号は、夫婦が婚姻の目的である共同生活を達成しえなくなり、その回復の見込みがなくなつた場合には、夫婦の一方は他方に対し訴えにより離婚を請求することができる旨を定めたものと解されるのであつて、同号所定の事由(以下「五号所定の事由」という。)につき責任のある一方の当事者からの離婚請求を許容すべきでないという趣旨までを読みとることはできない
他方、我が国においては、離婚につき夫婦の意思を尊重する立場から、協議離婚(民法七六三条)、調停離婚(家事審判法一七条)及び審判離婚(同法二四条一項)の制度を設けるとともに、相手方配偶者が離婚に同意しない場合について裁判上の離婚の制度を設け、前示のように離婚原因を法定し、これが存在すると認められる場合には、夫婦の一方は他方に対して裁判により離婚を求めうることとしている。このような裁判離婚制度の下において五号所定の事由があるときは当該離婚請求が常に許容されるべきものとすれば、自らその原因となるべき事実を作出した者がそれを自己に有利に利用することを裁判所に承認させ、相手方配偶者の離婚についての意思を全く封ずることとなり、ついには裁判離婚制度を否定するような結果をも招来しかねないのであつて、右のような結果をもたらす離婚請求が許容されるべきでないことはいうまでもない。
 2 思うに、婚姻の本質は、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもつて共同生活を営むことにあるから、夫婦の一方又は双方が既に右の意思を確定的に喪失するとともに、夫婦としての共同生活の実体を欠くようになり、その回復の見込みが全くない状態に至つた場合には、当該婚姻は、もはや社会生活上の実質的基礎を失つているものというべきであり、かかる状態においてなお戸籍上だけの婚姻を存続させることは、かえつて不自然であるということができよう。しかしながら、離婚は社会的・法的秩序としての婚姻を廃絶するものであるから、離婚請求は、正義・公平の観念、社会的倫理観に反するものであつてはならないことは当然であつて、この意味で離婚請求は、身分法をも包含する民法全体の指導理念たる信義誠実の原則に照らしても容認されうるものであることを要するものといわなければならない。
 3 そこで、五号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合において、当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たつては、有責配偶者の責任の態様・程度を考慮すべきであるが、相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情、離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・社会的・経済的状態及び夫婦間の子、殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況、別居後に形成された生活関係、たとえば夫婦の一方又は双方が既に内縁関係を形成している場合にはその相手方や子らの状況等が斟酌されなければならず、更には、時の経過とともに、これらの諸事情がそれ自体あるいは相互に影響し合つて変容し、また、これらの諸事情のもつ社会的意味ないしは社会的評価も変化することを免れないから、時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないのである。
 そうであつてみれば、有責配偶者からされた離婚請求であつても、夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、その間に未成熟の子が存在しない場合には、相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り、当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもつて許されないとすることはできないものと解するのが相当である

【補足】


これについては実質の反対意見が付されている。見ておこう。

(意見)
一 民法七七〇条一項五号は、同条の規定の文言及び体裁、我が国の離婚制度、
離婚の本質などに照らすと、同号所定の事由につき専ら又は主として責任のある一
方の当事者からされた離婚請求を原則として許さないことを規定するものと解する
のが相当である。同条一項一号から四号までは、相手方配偶者に右各号の事由のある場合に、離婚請求権があることを規定しているところ、同項五号は、一号から四号までの規定を受けて抽象的離婚事由を定め、右各号の事由を相対化したものということができるから、五号の事由による離婚請求においても、一号から四号までの事由による場合と同様、右事由の発生について相手方配偶者に責任あるいは原因のある場合に離婚請求権があることを規定しているものと解するのが相当である。法律が離婚原因を定めている目的は、一定の事由の存在するときに夫婦の一方が相手方配偶者に対して離婚請求をすることを許すことにあるが、他方、相手方配偶者にとつては一定の事由のない限り自己の意思に反して離婚を強要されないことを保障することにもあるといわなければならない。我が国の裁判離婚制度の下において離婚原因の発生につき責任のある配偶者からされた離婚請求を許容するとすれば、自ら離婚原因を作出した者に対して右事由をもつて離婚を請求しうる自由を容認することになり、同時に相手方から配偶者としての地位に対する保障を奪うこととなるが、このような結果を承認することは離婚原因を法定した趣旨を没却し、裁判離婚制度そのものを否定することに等しい。また、裁判離婚について破綻の要件を満たせば足りるとの考えを採るとすれば、自由離婚、単意離婚を承認することに帰し、我が国において採用する協議離婚の制度とも矛盾し、ひいては離婚請求の許否を裁判所に委ねることとも相容れないことになる。法は、社会の最小限度の要求に応える規範であつてもとより倫理とは異なるものであるが、正義衡平、社会的倫理、条理を内包するものであるから、法の解釈も、右のような理念に則してなされなければならないこと勿論であつて、したがつて信義に背馳するような離婚請求の許されないことはすべからく法の要求するところというべきであり、離婚請求の許否を法的統制に委ねた以上、裁判所に対して右の理念によつてその許否の判定をするよう要求することもまた当然といわなければならない。右のような見地からすれば、民法七七〇条一項五号は、離婚原因を作出した者からの離婚請求を許さない制約を負うものというべきである。
 実質的にみても、婚姻は道義を基調とした社会的・法的秩序であるから、これを廃絶する離婚も、道義、社会的規範に照らして正当なものでなければならず、人間としての尊厳を損い、両性の平等に悖るものであつてはならないというべきである。また、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立するものであることからすると、それを廃絶する離婚についても基本的には両性の合意を要求することができるから、夫婦の一方が婚姻継続の意思を喪失したからといつて、相手方配偶者の意思を無視して常に当該婚姻が解消されるということにはならないこともいうまでもない。そして、離婚が請求者にとつても相手方配偶者にとつても婚姻を廃絶すると同時に新たな法的・社会的秩序を確立することにあることからすると、相手方配偶者の地位を婚姻時に比べて精神面においても、社会・経済面においても劣悪にするものであつてはならないが、厳格な離婚制度の下においては離婚給付の充実が図られるものの、反対に、安易に離婚を承認する制度の下においては相手方配偶者の経済的・社会的保障に欠けることになるおそれがあることにも思いを致さなければならない。有責配偶者からの離婚請求を認めることは、その者の一方的意思によつて背徳から精神的解放を許すのみならず、相手方配偶者に対する経済的・社会的責務をも免れさせることになりかねないことをも考慮しなければならないであろう。 そもそも、離婚法の解釈運用においては、その国の社会制度、殊に家族制度、経済体制、法制度、宗教、風土あるいは国民性などを無視することができないが、吾人の道徳観や法感情は、果たして自ら離婚原因を作出した者に寛容であろうか、疑問なしとしない。以上の次第で、私は、婚姻関係が破綻した場合においても、その破綻につき専ら又は主として原因を与えた当事者は原則として自ら離婚請求をすることができないとの立場を維持したいと考える。
 二 しかし、有責配偶者からの離婚請求がすべて許されないとすることも行き過ぎである。有責配偶者からされた離婚請求の拒絶がかえつて反倫理的であり、身分法秩序を歪める場合もありうるのであり、このような場合にもこれを許さないとするのはこれまた法の容認するところでないといわなければならない。有責配偶者からされた離婚請求であつても、有責事由が婚姻関係の破綻後に生じたような場合、相手方配偶者側の行為によつて誘発された場合、相手方配偶者に離婚意恩がある場合は、もとより許容されるが、更に、有責配偶者が相手方及び子に対して精神的、経済的、社会的に相応の償いをし、又は相応の制裁を受容しているのに、相手方配偶者が報復等のためにのみ離婚を拒絶し、又はそのような意思があるものとみなしうる場合など離婚請求を容認しないことが諸般の事情に照らしてかえつて社会的秩序を歪め、著しく正義衡平、社会的倫理に反する特段の事情のある場合には、有責配偶者の過去の責任が阻却され、当該離婚請求を許容するのが相当であると考える。
 三 以上のとおり、私は、有責配偶者からされた離婚請求が原則として許されないとする当審の判例の原則的立場を変更する必要を認めないが、特段の事情のある場合には有責配偶者の責任が阻却されて離婚請求が許容される場合がありうると考える

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