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天井の満月

1日の中で数瞬だけ、言葉と向き合える時間がある。その瞬間を逃さないように、今、裸足で立ったままnoteを書いている。

今日は徒歩25分の病院に行くのに、1時間かかった。

動悸がひどくて、歩くだけで息が苦しくなってしまうので、電柱がある度に休みながら歩いた。タクシーをさらっと呼べるだけの財力がないことが、ひどくかなしかった。
迷惑そうに横を走り抜けていく外車を見ていたら、心が折れて泣き崩れそうになった。最近、すぐに心が折れてしまう。たぶん骨粗鬆症なのだと思う。心の。

心をゆるしていないひとの前だと「大丈夫」の鎧を被ってしまう私は、病院の先生に、えらく落ち着いて説明ができてしまった。簡潔にわかりやすく伝えないと怒鳴られる、という強迫に駆られているのを感じた。このひとは、会社の部長ではないのに。

本当は、心身ともに限界だ。
昨日の夜からの記憶がないし、今朝起き上がるのに2時間かかった。何を食べても食べなくても気持ち悪くて吐いてしまう。喉が荒れて声が出ない。不整脈がひどくて歩くのがつらい。人通りの多い場所に行くとパニックになってしまう。ベッドから起き上がれなくて、天井を見て泣くことしかできない。

そんな自分の状況を整理して、考えられる病名を思い浮かべる。どの病名も当てはまるけれど、ただ「っぽく」なっているだけのような気もする。

自分の危うさを何とかしたくて、学生の頃から独学で心理学だの精神だのを勉強し、ひとりで認知行動療法を重ねてきた。その結果、「っぽく」なることには気づけるようになった。でも「っぽく」なるだけなら、薬でどうこうすることはできない。心を自分で整えるしかない。でも、心の調子が悪いと、その難易度があまりにも高い。また頑張らないといけない。頑張らないと、生きていけない。

結局、「ストレスでちょっとメンタルが弱っています」云々と書かれた診断書が出た。3分くらいでお医者さんが書いた診断書は、料金4000円だった。その場でまた、泣き崩れたくなった。

必死で頑張った末に身体を壊して生活がままならない私と、土曜に外車を乗り回すお兄さんと、3分で書ける診断書で4000円得られるお医者さん。

考えたら、どうしようもなく、つらくなった。

もちろんお兄さんだって、外車を買うまでにすごい苦労があったかもしれない。お医者さんだって、今の仕事に就くまでに、きっと血の滲むような努力があったのだ。比べても仕方ない。惨めになるだけ。そんな自分を嫌いになるだけ。

でも、どうしようもなく、つらかった。
つらかったことだけは、紛れもなく私の確かな感情だった。

東京には魔物がいるというけれど、その通りだ。魔物は名前も形も持っておらず、人間ひとりひとりに寄生し、じわじわと心を蝕んでいく。それに気づいてしまったひとから順に、食われてしまう。
3ヶ月で私は、色んなひとがいることを知った。働かなくても親が裕福だから生きていけるひと。男のひとの好意をうまく利用して、お金を稼いでいるひと。真面目に頑張っていることが馬鹿らしくなる世界だ。んなもん知るかと思えるくらい強くなれる時はいいけれど、弱ってしまった時はとことん、苦しい。

うまく生きられない。馬鹿みたいに傷つくだけ。

家に帰って、また泣きながら天井を見ていた。会いたいひとに会いたいと思った。否定されない場所にいたいと思った。生きていることをゆるされたいと思った。

来週、このぺらっとした診断書を、ちゃんと会社のひとに渡せるだろうか。
渡して、休職できたところで、ちゃんと休めるのだろうか。
休めたところで、会社に戻れるのだろうか。戻りたいのだろうか。
これから、どうやって生きていけばいいんだろうか。
考えると怖くて仕方ない。息ができない。喉が乾いた。水がまずい。

でも、まだ、
やりたいことが沢山ある。
こんなに苦しかったことを、言葉にせずに死ぬのは嫌だ。
死にたくない。

痛々しくてぼろぼろで、何が何だかわからなくなっているけれど、
確かな感情だけは、ちゃんと言葉で発信していたい。

生きたい。
生きて、言葉を、
文章を、書きたい。

あと数分後にはまた、文章なんて書けなくなってしまうかもしれないから

今のうちにちゃんと、言葉にしておきます。

私の空は今日も
空虚な満月です。

早く本物の月を見たいです。

2021.7.3

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夕空しづく/詩人・小説家
眠れない夜のための詩を、そっとつくります。