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性別のことを話さないという選択が、話さなくても大丈夫という状況が、ここまで楽で安心できるんだ(ショートストーリー)

◇◇性的表現が含まれるショートストーリーのため苦手な方はご注意下さい◇◇


「え?気にならないの?」

「なにがですか?」

「いや、だからアレが付いてないけど、大丈夫?」

「いや、別に気にしないですよ、はいはい、うつぶせで横になってくださいね」

「は、はい」

「背中のマッサージから始めていきますね」


拍子抜けした。彼女は私をただの男としか見ていない。いや、きっと気を遣わせないようにそう振る舞ってるだけだろう。内心、うわぁと思ってるに違いない。動揺が顔に出ないタイプみたいな。申し訳なさを感じつつ、彼女に身を任せた。でも、最後の性的サービスはどうするつもりなんだろうか?普通のマッサージだけで終わるとかかな?いろいろなことが浮かんだが、心地よい手の温かさと動きで、次第に頭は空っぽになっていった。気付いたら普通に達していて、身体は汗でびっしょりになっていた。布団は汗や何やらで濡れて冷たかったけれど、そのまま深く穏やかな呼吸で快感の余韻に浸った。しばらくして我に帰ると、頭のなかが混乱してきた。混乱?それよりも自分の身体は実は男なんじゃないかと錯覚した。身体がというより、そもそも自分は生まれたときから男だったんじゃないだろうかという錯覚。錯覚すら通り過ぎて、確信さえ持てそうだった、その夜。

帰る時間まであと少し、ベットに二人で並んで横たわりながら話をする。その女性は、私のことを完全な男として扱ってくれた。別にそこまで徹底してくれなくてもいいのにと思ったので、こちらから性別の話を振ってみる、けれど、軽くスルーする感じで、深くは聞いてこない。私はどうしていいのか軽くパニックになる。彼女の手が私の髭を撫ぜて遊んでいる。これまで出会った人たちは男女関係なく、なんで髭生えるの?とかいつから生えてるの?とか聞いてきた。なのに、彼女は「髭って触りたくなるよねー」と言って何の疑問も持たずに触っている。私も素直にただ髭を触られるという心地良さに、余計な性別という理屈を一切持たずに酔いしれた。

他人に自分のセクシャリティについて説明する、そのことは当たり前だと思っていたし、義務だと思っていた。それに、話すのは嫌いじゃないし、楽しいくらいだった。でもほんとうは楽しいわけじゃなくて、楽しいと思えるように自分を変えてきただけだったのかもしれない。話さないという選択が、話さなくても大丈夫という状況が、ここまで楽で安心できるんだと驚いた。

世間で普通の人と同じように生活していても、度々、説明しないといけない場面が出てくる。それは性別を変更したあとだって変わらない。多少は減るけれど。だからか、説明することに慣れきっていた。もう麻痺していて、特に苦痛に感じることもなかった。けれど、もしかしたら自分で思ってた以上に精神的に負担になっていたのかもしれない。まったく気が付かなかったけど。

その日からしばらくは身体から得体の知れない不思議なエネルギーが出ているかのように、調子が良かった。性別って何だろう?身体的なもの、精神的なもの、いろいろあるだろう。そのなかに、人と関わることで生まれる性別もあるような気がした。自分の認識だけでなく、人から意識させられる性別。この世に自分しかいなかったら、性別を意識することもないだろうし。でもこの性別は、ただの錯覚にすぎない、幻想であって実在しないとも言えるだろう。育った環境とか今関わっている人たちの影響で、自分の性別への認識の仕方も変わってくる。そう考えたら、性別の捉え方も人の数だけあるのかもしれない。

とか真面目なことを考えもするけれど、結局、性を満たして満足するだけだ。性って何だろう?性別って何だろうか?高尚なことを考えるよりも、ただ快楽に溺れるだけしか能がない。

それでも私は今日も生きている。それだけはたしかだ。

自分の内側から発せられる何かを、掴んだと思ってもすぐに消えてしまいそうなそれらを、1枚でも多く作品にしたい。同じ感性や同じ心象風景を持つ人たちの元に作品を届けたい。と願って日々描いています。またサポートして下さることでいのっちの電話に使える時間も作れるので助かります!