永遠の咆哮
2年前の今頃、僕はこのモトグッツィルマン3 をある方から譲り受けた。
金額は気持ちだけで良いから、転売したりせず、治して乗ってくれる事。
それがその人の願いだった。
その人が亡くなった。
10年くらい前、ここにコイツは停まり、そこから動かなくなってしまった。
その最後の日はどこに行って帰ってきたのだろう?
元気だったコイツとその人のドラマはどんなだったのだろうか?
艶を失った塗装、錆びた様々なパーツ。
石のようになってしまったタイヤ。
いくつかの僅かな傷。
目立たぬように貼られた趣味のデカール。
理想を追求した、チューンドパーツ。
これは残して置こう、これは申し訳ないが交換しよう。これはノーマルに戻そう。
自分の手を汚した分だけ知る事の出来る、以前の持主の夢、そして願い。
その先にあった俺の気持ちとは?
自分でレストアして動くようになったコイツに乗って、ここに里帰りしたかった。
だが、その人の容態は悪くなり、そして時は容易に人と会う事の出来ない時代になっていった。
僅か2年の間に、そうした事が起きた。
そしてその人は先日、静かに鬼籍に入った。
それを知った朝、僕は最大の心残りであった動いているコイツをその人に見せたかったという願いを叶える為に、ガレージに向かった。
ガレージに到着し、外に引っ張り出し始動させようとすると、つい先日まで元気に動いていたルマンはずっと沈黙して動こうとしなかった。
セルは回るがプラグの火花は飛ばず、まるで駄々っ子のようにグズるコイツをあちこち早朝から点検し、配線のいくつかを修理するハメになった。
いつものような咆哮を聞かせてくれたのは、もう午後に近くなってしまっていた。
元気を取り戻したルマンに跨り、ガレージを後にする。わかるかな?こんな時はまるで借り物のに跨り走ってる感覚が全身を包み込むんだ。
里帰りをグズり壊れてみせたコイツ、まるで悲しんでいるようで、本当の意味での前の持主と、俺、そしてコイツのケリがついてしまう事への惜別。
一気に溢れ出る感傷的な何かを感じとる。
無機質な機械がまさか?
嘘や大袈裟なんかじゃないさ。
紛れもなく今日だけは、あの人に借りているお前なんだよな?そして、もしかしたら静かに長い時を眠って過ごしたあの場所に佇んで、一緒に朽ち果ててしまいたかったのかもしれないよな?
そんなに遠くもない場所だから1時間程走り、その場につき、こんな時期だからご家族に挨拶もせずに停車し、深く一礼した。
俺なりのお別れ、俺なりの筋の在り方。
僅かな時間、佇み考えていた事。
いつか俺が鬼籍に入る時、次の知っている誰かに
お前を託すよ。
永遠の咆哮を轟かせ、お前は先の先まで走り続け
るといい。
天国に居るあの人にお前の声は聞こえたかな?
さぁ、帰ろう。
お前が眠りにつくのはもうこの場所ではないのだから。