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Dream50 小排気量の残夢

 1997年に発売されたこの小さなバイクは、景気が悪化して行く時代的気分の、さらにはブームが過ぎ去ってしまった二輪業界の中で、国内から世界へと飛躍的に進化し続けたホンダというメーカーから産まれた。それは1962年に存在した海外のモーターサイクルの技術に追いつき、さらには追い越せといった時代の「夢」を具現化したようなCR110のイメージを踏襲した物だったし、かと言って産まれてすらもいない時代の事など何も知りはしない僕らにとっては、英国のロッカーズが乗っていたカフェレーサーのようにも見え、特に特筆するようなスペックすら持たない50ccの原付をどう受け入れたら良いのかがわからなかった。

50ccの単気筒4ST、DOHCのメカニズムで1万回転を軽く超える高回転エンジン。前後ディスクブレーキなど高級な装備はあるが、値段もあまりにも高級であり、大型免許が教習で取得可能な時代に、積極的な選択肢として見る事は難しかっただろう。だが、心の中では単純にその格好の良さや、ノスタルジーな雰囲気に気になる一台として記憶に残っていた事は確かだ。

大きなバイクだけでは事足りない場面もあり、かと言ってスクーターでは少し物足りない。歳を重ね、二輪への愛情を重ねてくると、その機械が持っている面白さや、職人気質を持った開発者の凝った主張にも目が行く物だから、私も何年も気になって仕方がない一台となっていった。今回、ご好意により譲っていただける事となり、私の所にやって来たのだ。

 綺麗に清掃や塗装を行い、気になる機関部をチェックして消耗品を交換して行く事は、調子を整えるだけが理由でもなくて、構造への好奇心と、なるべく新車に近付けて乗りたいからだ。いつもそうして機械はリセットし、これからの時間を過ごして行く事を大切にしている。オリジナルの塗装だとか、デカール、経年変化を大切にする人もあるだろうが、私はレストアに近い作業を行なって乗る事にしている。

キックを下ろし、蹴り下げるとあっけなく始動しはじめた。50ccだから中々ジェントルな音がする。キャブの微調整をして走り出すと、勿論、過度な期待などは無いが中々に面白い味わいのある高回転型エンジンで、スムーズに登り切るタコメーターの針を見ながらニヤニヤと口元が緩んでいるのを自覚する。フロントサスはオーバーホール、リアサスは社外に交換してある。走り出すとその足周りもあるだろうが、安定した恐怖感のない乗り心地だ。この車体にはアンダーパワーであろうエンジンは、それでも元気良く回り続ける。気分だけは自分が産まれる前の50ccレースの世界に飛び込んで、CR110、「ひゃくとぉ」と、当時の呼び方を気に入ってみたりもするのだ。
 人類にとって内燃機関とその回転数は永遠のテーマであり、ピストンの上下する速度と、ガソリンの燃焼速度、ストローク量、重さなどのバランス。これらが全て人類の叡智となり進化を続け、燃焼速度とピストン速度と回転数の限界値が20000回転と弾き出されている。※タービン方式などの例外は除く。
軽い小さなピストンとは言え13500も回転し、耐久性もある市販車に仕上げるには、様々な制約があり、レーサー、CR110から性能ダウンもあるのだが、HRCのキット、またはレース仕様の市販としてその後登場する。私のドリームは一般的な車両となる。

果たしてホンダが見た夢は、単にひとつの企業が見た夢だったのだろうか?50ccのエンジンは環境規制によりもはや作る事は難しい時代だ。このドリーム50もそうした理由で静かに消えて行った。僕は常々バイクが好きな連中は老若男女、兄弟だと思うのだ。好みの違いや、考えの差、合う合わない性格。家族だって同じだろ?そんな事を言っていられる時代が幸せなのか不幸なのかはよくはわからない。
 だけど兄弟達、あの頃のホンダ、CR110の時代にただのひとつの企業、今では単純に好き嫌いの価値観の一つとしてしか、さらにはそれぞれの好みの車種でしか語られないメーカーの夢とは何だったのか?バイク乗りとして少し考えてはみないか?そうなんだよ。ある意味では日本人全体が腕と叡智で歯を食いしばりながら描いた夢の一つだったんだ。好きとか嫌いとか個人の価値観なんてくだらない話ではなかった時代に存在した日本の夢。日本人の夢を背負っていたバイクメーカーやバイク乗り。そこに希望を与えてくれたバイク。それがCR110ひゃくとぉ。その片鱗に触れる為に作られたこのバイクの名前はドリーム、夢なんだ。
願わくば、バイク乗りが車種や排気量で分断し、メーカーで分断し、それを個々の好みの多様化だとする時代の幸福の中で、過去の「夢」とは何なのか?を考える時代に成長して欲しい。1人の価値観や欲望の結晶である「夢」。バイク乗り全体が共有した「夢」。日本人全体で描いた「夢」。僕らが共有可能な「夢」とは何だろうか?僕も改めてこのバイクに股がり、考えてみたいと思うのだ。

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鷹倉隆行 くらさん
そんな事より聞いてくれ。 君の親指が今、何かしでかそうとしているのなら、それは多分大間違いだ。きっとそれは他の人と勘違いしているに違いない。 今すぐ確認する事をお勧めするよ。 だって君と僕は友達だろ?もし、そうなら1通の手紙をくれないか?とても綺麗な押花を添えて。