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「黙約のメス」本城雅人さん
医師も投手も同じ本能で生きている 脳死移植邪魔するものとは「日本人の死生観」 作家・本城雅人さん『黙約のメス』
2021.12/26 10:00
zakzak by 夕刊フジ
スポーツ新聞の記者という経験をもとに、さまざまなエンターテインメント小説を発表してきた本城雅人さんが初の医療小説『黙約のメス』を上梓した。生体肝移植のエキスパートである孤高の外科医・鬼塚鋭臣(さきとみ)が主人公の物語だ。(文・井上志津)
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――構想はいつ頃からありましたか
「これまで野球や競馬をテーマにした小説や、新聞記者の現場を題材にした作品などを多く書いてきましたが、2018年に『傍流の記者』を出した後、編集者と次は何か新しい分野のものをやりましょうという話になったんです。僕は作家と読者を繋(つな)いでくれるのが編集者だと思っているので、その人に好きな本は何ですかと聞いたら、いくつかあった中に遠藤周作さんの『海と毒薬』と『悲しみの歌』がありました。2作とも医師が主人公なので、あ、この人、俺に医師の話を書かせたいのかなと。それで取材を始めました。後で、別に医師の話を書いてほしかったわけじゃないことが分かったんですけどね」
――鬼塚医師は生体肝移植のエキスパートです。生体肝移植を取り上げたのは
「最初は謎めいた鬼塚への周囲の嫉妬とか、彼の生活ぶりを書こうと思っていました。でも、だんだん彼は何のためにこんなに働いているのか、彼を突き動かしているものは何かというテーマが必要だなと感じて、悩んだ末に思ったのが、日本は先進国の中でとびぬけて生体移植が多く、脳死移植が少ないということでした。それは何が邪魔をしているのだろうと取材を広げていきました」
――何が邪魔をしているのでしょう
「日本人の死生観ですね。死んだら神の下に行くというような宗教がある国と違い、日本だと『別れる』という気持ちが強いので。でも、生体移植はかなり大変なことです。脳死移植の数がもっと増えれば、鬼塚医師の苦労も報われると思いました」
――自身の今までの脳死に対する考えは
「臓器提供意思表示カードの『臓器を提供します』の項目にチェックは入れていました。でも、他人事でした。5年前に亡くなった妻の父が長い間透析をしていて、その姿を見てきましたが、今回、この本を書いて、当時は患者さんたちの苦しみや葛藤について何も考えていなかったなと恥ずかしくなりました」
――本書は鬼塚の姿を看護師や移植コーディネーターなど周りの人々の視点で描いていますが、鬼塚の視点がないのはなぜですか
「医師って無意識に動いていると思ったからです。手術など、細かく一つ一つ考えていたら間に合いませんよね。本能で動くというか。だから、本人の描写を本人の視点で書くとリアリティーが薄れるのではないかと考えました。野球でピッチャーが一球を投げるときも、プランAからCまで考えるかというと、そうではなくて本能で投げていると思うんですよね。医師も同じじゃないかと」
――単行本化にあたって加筆修正は
「結構しました。特に最後の移植コーディネーターの章は、彼女がどうして鬼塚について行こうと思ったのかが明確に分かるように、再取材しました」
――できあがっていかがですか
「やり遂げたという満足感があります。デビュー以来、スポーツ小説が多かったですが、その枠からはみ出るものにチャレンジしたかったので、それがかないました」
――40歳頃から小説家を目指し、実現できた原動力は何でしょう
「くじけなかったからだと思います。新人賞に3年間ぐらい応募し続けました。毎日、書く習慣があったのも良かったですね」
――本が出てすぐ会社を辞めたそうですね
「家族に相談しないで辞めてしまいました。それまでノンフィクションの本を書いたり、有名人のゴーストライターをしてヒットしたりしたので、小説はそうした延長線上のスケールが大きいものだと誤解していたんです。子供がまだ小学生だったので、家族は不安だったと思います」
――デビューして12年。思い描いたように進んでいますか
「順風満帆ではないです。中途半端は良くないと、ノンフィクション的な依頼は極力断って、ひたすら数をこなしてきました。でも今後はまた今回のように大きなテーマを長い時間かけて書きたいです。一方で、本はエンタメだと思うので、くだらないけど面白いといったものも書くのが理想です。コミカルなものもシリアスなものも本城雅人に頼んだら読めるよというふうになりたいですね」
■『黙約のメス』(新潮社・2420円税込)
四国のUMC病院に肝移植のエキスパートである鬼塚鋭臣が第二外科部長として着任した。医療事故の責任を若い医師がとらされる現実、病院に蔓延する権力闘争、法案成立にしがみつく厚労技官、そして病院経営に隠された闇…。毒だらけの日本の医療界にメスを入れる鬼塚の姿を、論文作成にしか興味のない後期研修医や、鬼塚が立ち会った手術で親友を亡くし、鬼塚を恨む医療ジャーナリスト、鬼塚に嫉妬する第一外科部長、鬼塚を一方的に恨む厚労技官らの視点で描く。
■本城雅人(ほんじょう・まさと) 1965年神奈川県生まれ。明治学院大学経済学部卒業後、サンケイスポーツの記者としてプロ野球、競馬、メジャーリーグなどの取材に携わる。退職後、松本清張賞候補作の『ノーバディノウズ』で2009年に作家デビュー。同作でサムライジャパン野球文学賞の大賞を受賞。17年『ミッドナイト・ジャーナル』で吉川英治文学新人賞受賞。18年『傍流の記者』で直木賞候補。他の著書に『騎手の誇り』『英雄の条件』など。
https://www.zakzak.co.jp/article/20211226-ATW7OELZVBPVZPIVPNXCL4KMYE/
(初めての医療小説「黙約のメス」を刊行した本城雅人さんのインタビュー記事が掲載されました。
本城さんはサンスポ出身で1989年に浦和支局にいたそう。なので重なってはいないのですが、私も浦和支局と川越支局にいたので、「ミッドナイト・ジャーナル」を読むと、あ、ここ、あ、ここ、となじみの場所がたくさん出てきて楽しいです。)