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「迷宮」めぐる父と子の物語
息子が突然の死、翌日から執筆 「迷宮」めぐる父と子の物語 岳真也さん『翔 wing spread』
zakzak by 夕刊フジ
2021.7/4 10:00
『吉良の言い分』など歴史時代小説で知られる岳真也さんは4年前、二男の匠(たくみ)さんを原因不明の病で亡くした。翌日から書き始めた小説『翔 wing spread』は、このほど第1回加賀乙彦推奨特別文学賞を受賞した。自身と匠さんが共に歩んだ道のりを振り返った連作だ。
文・井上志津
◇
--匠さんは2017年7月8日に30歳で亡くなりました
「入院先の精神科病院で、突然の心肺停止でした。統合失調症を患っていましたが、回復に向かい、じきに退院する手はずになっていたんです。匠も家族も楽しみにしていたので、未明に病院から電話を受け、信じられませんでした。今も原因は分かりません」
--匠さんが不登校を始めたのは高校生のときですね
「中高一貫校の中学時代、女子生徒の前で半裸にされるといういじめを受けたのが主な原因だったと考えています。でも、その事件について私に打ち明けたのは2年後で、すでに休学していましたから、なぜ、その頃に気づいてあげられなかったのだろうと今も悔やまれます」
--高校を退学し、引きこもりの生活が始まりました
「それでも大学検定試験を受け、大学に入りましたが、対人恐怖のため入学式に出られなかったのが大きかったですね。この世から消えてしまいたいと考えるようになりました。家庭内暴力が始まり、統合失調症と診断されました。暴力といっても、私たちに飛びかかったりはしないんですよ。家の中の壁を壊す程度です。『死ね』の文字が連ねられたメールが何度も私宛てに送られてきたこともありました。でも、その後はアルバイトに行ったり、入院したりを繰り返しながらも安定して、退院の日を待っていたのです」
--亡くなった翌日から小説を書き始めました
「このまま自分が落ち込んだら最悪だと思い、すぐに『三田文学』編集委員でアメリカ文学研究者の巽孝之さんに『書かせてほしい』と電話をしました。連作の1回目が掲載されたのは半年後。約3カ月で一気に書きました」
--どんな気持ちで書いたのですか
「書いている最中に泣いたら書けませんから、冷静だったと思います。今書けと言われたら、書けません。今は読み返すと泣いてしまうので、外では読まないようにしています」
--「三田文学」と「早稲田文学」に掲載した連作を1冊にまとめました
「ダブった箇所がありましたから、流れが途切れないよう、全体的にかなり手を入れました。半年間、他の仕事はしませんでした。一貫して、迷宮をめぐる旅をする『父と子』というテーマにできたと思います」
--本書を読むと、岳さんは匠さんに対して誠実に向き合っていた印象を受けましたが、父親として後悔はありますか
「いっぱいあります。赤ちゃんのとき、息子を抱っこしたことがないんです。子供は苦手というか…。自分の趣味の競馬には毎月1回連れていき、屋台で焼き鳥を食べたり、おもちゃを買ったりしましたが、日常的に家で一緒に食事をすることもほとんどなかったし、病気になって、初めて親密になったという感じだったのです。病気になってからは山も一緒に登りましたけど…。亡くなってから、僕を尊敬してくれていたことを知り、たまらない気持ちになります」
--もしも本書を匠さんが読んだら、何と言ったと思いますか
「何と言ったかな。『やめてくれよ』と言うか、『俺が書かしたんだよ』って言うか、どっちかでしょうね」
--本書で第1回加賀乙彦推奨特別文学賞を受賞しました
「実在しておられる作家の中で、私がその文学を一番と思う方が加賀乙彦さんです。そんな尊敬できる方から賞をいただいて光栄です」
--デビューから今年で55年、著書は160冊に及びます。ずっと作家でいられ続けた原動力は何でしょう
「意地かな。いや、多分好きだからですね。僕の代表作の『水の旅立ち』は私小説風で、その後は歴史時代小説で売れましたが、一方で三田文学や早稲田文学などの文芸誌で、自分の書きたいものを書き続けてきました。その延長上に『翔』はあります。『翔』によって、私小説作家としての意地を見せた、と書いてくださった書評もありましたが、次回作では両方を融合させてみたいです」
■『翔(しょう)wing spread』牧野出版2640円税込
学校、家族、社会の中で、こうありたい自分と現実の自分とのギャップに悩み、精神の病との闘いに苦しんできた1人の青年。しかし、回復の兆しが見え、未来への光明が差し込んだと思った矢先に突然死が訪れる。ギリシャ神話の中で空を飛び、墜落死するイカロスになりたいと父に話したことのある青年の30余年の人生に思いを馳せ、小説家の父は「生死(しょうじ)」を問い直す旅へ向かう。息子と「私」がたどる〈迷宮〉の旅の行方は…。
■岳真也(がく・しんや) 1947年、東京都生まれ。慶応大学大学院社会学研究科修士課程修了。66年、学生作家としてデビュー。2012年、第1回歴史時代作家クラブ賞実績功労賞受賞。代表作は『水の旅立ち』『福沢諭吉』。『吉良の言い分 真説・元禄忠臣蔵』がベストセラーに。他に『北越の龍 河井継之助』『麒麟 橋本左内』『土方歳三 修羅となりて北へ』『今こそ知っておきたい災害の日本史』『織田有楽斎 利休を超える戦国の茶人』など著書多数。
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