「さっちゃんはまほうのて」を久しぶりに読んで
「さっちゃんのまほうのて」という絵本をご存じだろうか。「先天性四肢障害児父母の会」の元会長の野辺明子さんと、自身が左手指のない志沢小夜子さん、絵本作家の田畑精一さんが1985年に出版した絵本だ。
指のない手で生まれたお嬢さんへの思いを野辺さんが新聞に投稿したことがきっかけで、父母の会は75年に誕生した。私が野辺さんに初めてお目にかかったのは93年のこと。以来、野辺さんが会長を退いた時など節目節目に取材してきた。記事の中には「五体満足が基本ではない」という見出しがついたものもあった。
ところが、娘が生まれた時、私は指が5本あるか数えた。その時、自分がいかに頭でっかちで仕事をしてきたか、思い知らされたことを覚えている。
家にあった「さっちゃんのまほうのて」を娘が初めて「読んで」と寝床に持ってきたのは4歳ぐらいだっただろうか。久しぶりだったが何度も手に取った本なので、私はスラスラと読み始めた。
さっちゃんは幼稚園のおままごとでお母さん役になろうとして「指がないからダメ」と断られる。ショックを受けたさっちゃんはお母さんに尋ねる。
「小学生になったら、さっちゃんの指、生えてくる?」
よどみなく読んでいた私は突然、絶句した。涙がボタボタ落ち、その先が読めない。演者が号泣していては観客は白けるものだ。娘はわけが分からず、ただ、私が大泣きしているので、びっくりしていた。
その後も何度か読み聞かせてきたせいか、今では娘のお気に入りの絵本の一つになっている。先日、この本の原画展が開かれているという記事を書くために10年ぶりに野辺さんにお会いした。野辺さんは「全然変わらないわねぇ!」と喜んでくれた。野辺さんも変わらない。でも、さっちゃんのモデルの一人であるお嬢さんは2児のお母さん。私もお母さんになり、娘がこの本の愛読者になった。時の流れは不思議なものだ。
2010年2月28日
☆2009年から2012年まで子ども向けの新聞につづった連載を改編したものです。