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さよならロザリオ 1


ユウトが園を出て、坂道を下りていくのを
すべり台の上から見送った。

すべり台の上の一番高い所からは、
園から数十メートルはある坂道と出入口の門が
少しだけ見渡せた。

ユウトは、最後までわたしを探していた。
みんなとのお別れをし、シスターや先生方も涙を流す中、困ったような笑顔をみせていたユウトの目は、わたしを探していた。

市の決まりで、ユウトは中学になると
男子だけの養護施設に入らなくてはいけなくなった。
わたしとユウトは、学年も一緒で
この光の丘園に入ったのも同じ四歳の頃だった。

いつも一緒に遊び、ふざけあって 
笑ったり、泣いたり、寂しくて辛い日々も
途方に暮れる長い季節も、ユウトのおかげで
なんとかやってこれた。

ユウトは誰よりも優しかった。
光の丘園にきて、泣いてばかりのわたしを
いつも笑わせ励まし、妹のように可愛がってくれた。

園長のヒステリーも、体罰も、軍隊の様な規則も、朝晩行うイエス様への祈りも、学校での差別も、いじめも、何もかもが嫌でたまらなかった。
まるで刑務所にいるみたいだった。
刑務所がどんなところかもわからないけど。
それでも、ユウトもわたしも、お父さんとお母さんが迎えに来てくれることだけを信じて
いつか、一緒に暮らせる。それだけを夢見て耐えてきた。

給食費が欲しかったら、朝まで立っていなさい。という、園長の罰が三日続いた時は、
一度だけ、二人で園を出る(家出)をしたこともあった。


「これは家出っていうのかな」

「家じゃないから、園出だ!園出!」

そう言って深夜に、三階の非常階段から
園の外に出た。
心臓が張り裂けそうなくらい鳴っていた。
ユウトと手を繋ぎ、長い坂道を駆け下りた。

なにがあっても大丈夫。
明るくなったら、街に出よう。

毎年手作りの洋服を寄付してくれる、顔も知らない、大人の人に会いに行って、働かせてもらって、学校もそこから通えばいい。
ちぐはぐな妄想とお礼状に宛てた洋服屋さんの
住所を握りしめ、公園の片隅で夜が明けるのを待った。

朝が来る前に見つかった。

後にも先にも、自由を味わえたあの瞬間は
もう来ないんだろうな。

長い坂道を先生に引きずられるようにして、
上っていくユウトの後ろ姿を見て、なせかそう思った。

あの頃から、わたしは親を待つのも、
神様に祈るのもやめた。




⬜︎




ユウトのバカ。 



昨日ユウトが、ずっと大事にしていたロザリオを、マキにあげていたのを見た。

まだ小さい頃。わたしが一度だけ、欲しいと言って、ユウトを困らせたロザリオ。
ユウトが大事にしていたことを、知っていたのに欲しいって言ってしまった自分が嫌だった。
ユウトは少し考えて、いつかあげる。と笑って
ポケットにしまった。 


本当は欲しくなかった。




どうして、わたしにくれなかったの。


本当は欲しくない。
ただユウトの大事な物をわたしではない、小さいマキにあげたのが嫌だった。
わたし以外の子にあげたのが嫌だった。
悔しかった。

ユウトは、お祈りが必要な子にあげたい。と言った。


「マキなんかにあげても意味ない!」

わたしは意地悪な気持ちと
悔しい気持ちと、ユウトが居なくなる
寂しい気持ち、不安、混ぜこぜのなんの気持ちかわからない物が、溢れ出そうになるのを堪えた。
そして、すぐに自分の発した言葉を後悔した。

ユウトは、また困ったような、笑顔で

「ハルはもうすぐ自由になれるんだ。新しい家族ができるんだよ。ここのことは忘れて、幸せになるんだよ」


返事はしなかった。

ユウトは知らないんだ。
わたしが里親のところに引き取られて行くと思っている。
里子になる話はなくなったと、言えなかった。

「ハルがさ、高校生になって、大人になったら
ばったり合うこともあったりして。手紙も書くよ。ね。」

約束の仕方もわからず、今を生きるのが精一杯で
先のことなんか、わからない。
それを知っているわたしたちは、
手紙を書かないことも知っていた。

「バカみたい!」

涙を堪えて、ユウトを睨みつけ、
わたしは逃げた。



バカみたい。

ユウトもバカみたい。

マキもバカみたい。

ヒステリーな園長もバカみたい。
涙なんか流して悪魔のくせに。
死ねばいいのに。

死ね。

みんないなくなればいいのに。

バカみたい。

みんなバカみたい。



すべり台の上には、まだ雪が残っていた。
白く固まった雪と、泥で汚れた黒い雪。

わたしはつま先でガツガツと音を立て、
雪を蹴った。


雪が消えてなくなるまで、蹴り続けた。

ああ。ありがとうって伝えればよかったな。
ごめんね。って伝えればよかったな。
元気でね。って伝えればよかったな。
またね。って伝えればよかったな。
言いたいこと、いっぱいあるのにな。

バカみたい。

バカみたい。

わたしがいちばんバカだ。

ユウトが坂の途中で
すべり台にいるわたしに気がついた。


「ハルー!ハルー!おーい!ハル!」

ユウトが大きく手を振っている。

「ハルー!またね」






すべり台から身を乗り出し、わたしも力いっぱい手を振った。

声は出なかった。


何も言えなかった。


ユウトはうなずくと、となりにいた大人の人に頭を下げ、坂道を下りていった。

門からユウトが見えなくなっても
手を振り続けた。

バイバイ。ユウト。

バイバイ。




 ハル なかないで
 ハル だいじょうぶだよ
 ハル ぼくがついてるから
 ハル だいじょうぶだよ

 だいじょうぶだよ

 ハル 
 ハル 

 ハル

ユウトの声
忘れたくないな。





こちらの↑ さよならロザリオの続編を、
主人公を変えながら書いてみたいと思いました。

よろしくお願いします。



                                                 shizugon




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