「あとがき」に書けなかったこと
本日2/20、ことのは文庫から新作「サイレント・ヴォイス 想いのこして跡をたどる」が発売になりました。
この作品ができあがるまで、苦節数年。
やっとやっとの発売です。
作家5年目にしてようやく地元札幌を舞台にした話が書け、ひとえに嬉しさでいっぱいです。
たくさんの方に、この本が届いてくれることを祈るばかりです。
さて、このお話の主題は「遺品整理」そして大切な人との「死別」をどう乗り越えてこの先を生きていくか。
実は私もこのお話を書き始める少し前に、大切な人との死別を迎えました。
それは本書の「あとがき」にちらっと書いてある祖母です。
今日はあとがきに書けなかった祖母とのことをお話します。
*****
「息子の写真届いたかな。いつもならすぐ連絡くるのになあ。でもあの人、電話すると長いし……また今度電話すればいいか」
それは祖母への連絡を後回しにした、今でも消えない私の後悔。
「また今度」なんてこなかった、今でも消えない私の悔恨。
祖母が体調を崩し入院、もう数日としてもたないかもしれない。
そんな電話が来たのが丁度長年の「お食い初め」をしているときでした。
夫の両親や祖父母、その他祝福ムードに包まれている中で、電話を受けた母とたまたまトイレにたってその事実を知った私たち二人だけが暗い雰囲気になりました
私の両親は働きづめで、幼い頃私はいつも祖母と一緒にいました。
遊んでくれて、ご飯を作ってくれて、一緒にお風呂に入ってくれた。
「アンタは小さく生まれて、いつ死んでもおかしくなかった。だから大きくなってくれて嬉しいよ。アンタは本当に一番可愛い孫だよ」
というのが口癖の、口が悪く、義理と人情と江戸っことお祭りと、それから海外ドラマが大好きな豪快すぎる祖母でした。
祖母が入院したのが丁度コロナ禍。
息苦しくてかかりつけ医に行ったら、すぐに入院。
肺が硬化し正常に機能できなくなる、という原因不明の病でした。
私は息子が生まれたばかりで見舞いにも行けず、連絡手段は電話のみ。
最初の数日は普通に会話できていましたが、徐々に……いや、目に見えて祖母の容体は一気に悪くなっていきました。
祖母は延命治療を望まなかった。
「酸素ボンベ引いて歩くなんて私らしくない。私は五体満足のまま、私らしく死ぬ。呼吸器もつけなくていい。余計なことなんてしなくていい。私は死ぬときに、死ぬ」
その決意は最初から最後まで一環していました。
悲しくもありましたが、祖母らしいな、とも思いました。
私は毎日電話しました。もう、祖母と話ができる時間は限られていたから。
出来うる限り、祖母の声を録音しました。
その声を忘れたくなかったから。
祖母と過ごした日々が楽しかったこと、あなたの孫になれてよかったとできうる限りの感謝を泣きながら伝えました。
でも、お別れはいえなかった。
いつか来ると思っていた別れが、こんなに早いとは思わなかったから。
だって、祖母はそのたった三ヶ月前に元気に生まれたばかりのひ孫に会いに来て、私の目の前で彼を抱き「また飛行機乗って会いに来るからね!」と元気に手を振って別れたのだから。
受け止められなかった。
でも、祖母は全部受け止めていた。
「泣くなよ。私が悲しくなる。いいかい、アンタしっかりやるんだよ。アンタなら大丈夫。ひ孫は起きてる?」
そういって、スピーカーにしたスマホの向こうから
「○○~、○○~! 会えてよかったよ! 大きく立派に育てよ~!」
と掠れた声で、懸命に私の息子の名前を呼んでいたのです。
その二日後、祖母は亡くなりました。
全員に別れを告げ「バイバイ」と旅立っていったそうな。
ようやく飛行機にのって、会いにいった祖母は眠っているかのように穏やかで綺麗でした。
私は祖母の棺に、まだ出版できていない原稿を入れて見送りました。
幼子がいたので、火葬場にも行けず。私は一人で泣きながらお弁当を食べていたことを覚えています。
それから数日、あとがきにも書いた「あの緑の財布」が私の手元に届きました。
中には数千円の現金と、医療機関の診察券。
それから「令和」と書かれた手書きのメモが入っていました。
祖母の家の冷蔵庫には、彼女が一人で楽しもうとしていた「手巻き寿司」の材料が綺麗にラップに包んでしまってあったようです。
祖母は突然の病さえなければ、これからも当たり前に日常を送ろうとしていた。それを聞いてさらに泣けてきました。
祖母と死別して、私は今でも色々な後悔が頭に過ります。
あの時電話していれば、祖母の体調不良にも気づけて「病院行きなよ」と言えて……そうすれば祖母が亡くなることはなかったのではないだろうか。
最後にひ孫に会いに来てくれたときに、もっと甘えておけば、もっと話しておけばよかった。
祖母の手料理をもっともっと食べておけばよかった。
いや……もっともっと、もっともっと祖母と連絡して会いに行っていればよかった。
そんな「たられば」を抱えながら、今も生きています。
もしつかさがいてくれるなら、祖母はなんで私にこの財布を託したのかわかるでしょうか。
「サイレントヴォイス」を書きながら、ずっと祖母のことが頭に浮かんでいました。
だから、せめて祖母の財布が壊れてなくなるまで使い続けよう。
祖母と歩き続けよう。
祖母が亡くなって以来、あの電話の録音は聞けていないけれど
きっといつか……聞けるときがくると思うから。
祖母のことを覚えていないであろう、息子にも
「君のことを世界一愛してくれていたひいお祖母ちゃんがいたんだよ。ひいお祖母ちゃんは、君のことを抱っこしてくれたんだよ」と伝えてあげたいと思うから。
……やっと、やっとこれを書けました。
これで一歩踏み出せたような気がします。
祖母……今だけは愛称で呼びます。
やっこ。貴女のことは私の本に書かせてもらいました。
これで貴女が生きた証は半永久的に残り続けるでしょう。
いつか私が死んでも、この本が残る限り、貴女はこの世に生きていた証が残る。私はきっと死ぬまで貴女のことを忘れることはないでしょう。
貴女は私にとって最高で最強のおばあちゃんでした。
ありがとう。
ほぼ独白ですが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。
新作、よろしくお願い致します!
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