ろくろ首
「甲子夜話」巻の八その五より、語り用に現代語訳したテキストです。どうぞ、お楽しみください。↓
先年、能勢伊予守が訪ねてきてこんな話を語ってくれた。
この世に、「ろくろ首」というものが実際にあったと云う。
能勢家の末端の家の主、十次郎の弟に、源蔵と云う男がいた。
性格は豪胆で、拳法を西尾七兵衛という人に学んでいる。
七兵衛は、御番衆で十次郎の親戚である。
源蔵はこの七兵衛の家によく泊まりに行っていた。
その七兵衛の家に、一人の下働きの女がいた。
この女は、人からろくろ首だ、と言われていた。
源蔵はあやしんで家の人にそのことを問うと、「その通りである」と言う。
そう言われると、見たくなる。
ある夜のこと。
源蔵は二、三人の男たちと共に、寝ずに起きていた。
家人は女が寝入ると、源蔵に告げた。
現像は男たちと女の寝室に行った。
女は、スヤスヤと寝ている。
夜中になった。
何も変わったことは起こらない。
と、思っていると、女の胸のあたりから、僅かに気が流れ出てきた。
まるで、冬の朝に現れる白い吐息のようである。
幅は狭いが、シュウシュウとまるで湯気のように盛んで、肩から上はもはや見えない。
見ている男たちは大いに怪しんだ。
フト欄間の方をを見ると、女の頭がその上に乗って眠っていた。
まるで梟(フクロウ)の首のようである。
男たちは驚いて、身動きした。
その音で、女が寝返りを打った。
すると煙のような気も、消え失せた。
頭はもとに戻った。
先ほどと同じく、よく寝ている。
男たちは周りを囲んでよく見てみたが、先ほどと異なる所は何もなかった。
源蔵は、ウソを言うような男ではない。
本当の事と思われる。
また、世の人はこのように云う。
ろくろ首は、のどの所に必ず紫色の筋があると。
その筋は、首周りをグルリと一周しているのだ。
だが、源蔵が見たろくろ首の女は、そうではないと云う。
普通の人とまったく同じなのだ。
だが、その顔の色は著しくざめているそうである。
また、このようなことなので、主の七兵衛は暇を与えず、この家に雇い続けている。
その女は泣いて、源蔵にこう云ったという。
いままで奉公してきた所は、すべて務めの期日を終えず、みなその半ばでこういう事が起こる。
今また、そうなってしまった。
願わくば今度こそ期日を全うしたいと願うが、果たして叶うかどうか。
この女は、己の首が体を離れることを、まったく覚えていないという。
不思議なこともあるものである。
これは、支那の国における、人の頭が飛ぶ怪しみと、同じものだと私は思う。(了)