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食人鬼
今はむかし
夢窓国師という僧が
旅の途中美濃の国を通った
夕暮時その日の宿を探し歩いていると
丘の上に小さなあばら家を見つけた
それは
今にも崩れそうな庵であった
中にいたのは
一人の年老いた老僧であった
夢窓は一夜の宿を乞うたが
老僧は断った
かわりに隣の谷にある村を教えた
夢窓が行ってみると
それは十軒ほどの小さな村だった
村長の家に迎えられ
食事と寝床が用意された
夢窓は旅の疲れから
早々に床に入って眠った
しばらくして
人々の泣き声に夢窓は目が覚めた
部屋の襖が開き
一人の若者がこう述べた
ただいま私の父が亡くなりました
たいへんお疲れのご様子でしたので
お知らせすることは控えておりました
実は村の掟によりまして
いまこの家を空けなければなりません
この村では死人が出た日の夜は
仏を除いて誰ひとり
村に居ることは
許されないのです
お坊さまも
私共と一緒においでなさいますか
それともこのままここにおられますか
夢窓は
この家にとどまることにした
若者は明日の朝に戻りますと言い
村の人々を引き連れて隣の村へ向かった
夢窓は
屍のある部屋に入ると経を上げた
それから座禅を組んで瞑想に入った
真夜中
物音ひとつ無い
が
何かが部屋に入ってきた
思わず目を開けたのと同時に
夢窓は声も出ず
体も動かなくなっていた
その目の前で
化物が屍を喰らっていた
髪の毛
骨
経帷子までも喰らい尽くした
すっかり平らげると
今度は仏壇の供物も全て飲込み
去って行った
朝
村の人々が戻ってきた
昨夜のことを夢想から聞くと
それは昔からの言い伝えと全く同じだ
と言う
夢窓は
丘の上に住んでいる老僧の事を尋ねた
すると人々は怪訝な顔で
その丘には誰も住んでなどいないし
庵なども立ってはいない
と言う
夢窓はその村を出ると
ひとり丘の上へ向かった
庵は あった
あの老僧も いた
老僧は夢窓を中に入れ深々と頭を下げた
そうです
私は
食人鬼という鬼であります
私は生前この土地の人々の葬儀を
ただの生業として繰り返し
常に心の中にあったのは
食べること
着ることのみ
その我利私欲の為に
死んだ後に鬼となって
この世に転生してしまったのです
そして
あなたさまがご覧になったように
死んだ人まで喰らう
因果に堕ちました
願わくば
あなたさまの御祈祷で
この因縁を断ち切って下さいませ
老僧の姿が消えた
庵も消えた
夢窓はひとり
生い茂った草むらの中に座っていた
ふと傍を見ると
苔むした五輪石があった
哀れな鬼に堕ちた
あの老僧の墓だった
風が
吹いていた
(了)