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きくの祟り

「諸国百物語」より
(原題:熊本主理が下女きくが亡魂の事

むかし、熊本主理という侍がいた。
この男は至って酷薄で、人遣いが極めて悪かった。
いわゆる無道心者、人の道にかなう心を持たぬ者であった。

この男が城勤めをしていたある日、飯粒の中に光る物を見つけた。
小さな針だった。
主理は大いに怒り、下女の菊という娘を呼びつけた。
そして、
「誰に頼まれてこのようなことをした。
ありのままに云え。
云わなければ責めて問うぞ」
と云った。
責め、とは拷問するということである。
菊は驚き、
「まさかまさか、そのようなことは致しません。
 縫い物をしていたとき縫針を髪の毛の髷に差していましたが、それがお食事の用意のときに落ちたのでしょう。
わざとではありません。
誰かに頼まれたものでもありません。
いっときのあやまちです。
お許しください」
と云った。

聴いていた主理は
「では、あらがうと云うのだな。
よし、責めて問え」
と、郎等に命じた。
まず、菊を水で責めた。
身体をしばり、大量の水を飲ませた。
次に、鉄棒で体を押しつぶした。
三番目に背の尖った木の馬に跨がらせ、四番目に古い大木に吊るし上げ、五番目には背中を切って、そこへ煮出した醤油を注いだ。
しかし菊はただ、
「はじめに申したことより他は何もございません。
お慈悲ですから、お暇(いとま)をください」
と言う。
主理はこれを聞いて、
「責め方がぬるいから落ちぬとみえぬ」
と云うと、百姓に言い付けて蛇を二、三千匹も集め、穴を掘ると菊を入れて、それらの蛇を放り込んで責めた。
菊は、
「もう、命も無くなると思われます。
願わくば、母を呼んでください。
暇乞いをさせてください」
と云う。

さすがに朋輩の者たちは不憫に思い、菊の母を呼んで会わせた。
母は娘の有様を見ると、天を振り仰ぎ、地に伏して泣き叫んだ。
そして云った。
「お武家にお仕えする上は、かねてより覚悟はあった。
しかし、このような責め方があってよいのだろうか。
娘よ、果てたのちは再び来たれよ。
怨霊となってこの恨み、はらすべし。
必ず忘れてはならぬ」

菊は、
「ご安心を。
この恨み、主理一代のみならず七代先までことごとくお恨み申します。
母上、もしお疑いならば私の墓前に胡麻の種を撒いてください。
三日のうちに芽を出します。
これを証拠と思ってください。
では、お暇いたします」
と云うと、舌を噛み切って死んだ。

母は心もとなく思っていたが、娘の墓を作り、その前に胡麻の種を撒いた。
すると果たして、三日目に芽が出た。
同時に、主理の屋敷に菊がやって来た。
かつての主人の目の前で、菊は恨みの数々を申し渡した。
そして、
「また、参ります」
と云って、帰った。
まもなく主理は、あらぬことや我が身の有様などを口走るようになった。
何かに取り憑かれたようだった。
そんな様子で、狂ったまま七日目に死んでしまった。

それ以来、菊は代々の主理を取り殺した。
四代目の主理は松平下総守(しもうさのかみ)に務め、播磨の姫路に居た。
あるとき、その主理の屋敷から二里ばかり離れた道に、菊が立っていた。
菊は馬を引く馬子(まご)に近づくと、
「馬を貸してください」と云った。

馬子は、菊をまさか怨霊とは思わない。普通の娘のようにみえたので
「日暮れだし、帰りも遠いからなあ」
と云い、貸そうとしない。
菊は、
「お金は余分に払いましょう」
と云って、八十文のところを百六十文、と約束して馬に乗った。
二人は主理の屋敷へ向かった。
屋敷に着くと、菊は馬から降りて奥の方へ入って行った。

さて、残された馬子が
「駄賃を下さい」
と大きな声で云うと、屋敷にいる下々の者たちが集まってきた。
「何を云っている。
だれも、馬など借りていない」
と云うと、馬子の方も云う。
「いまたしかに、若い女の方を乗せて来たのです。
駄賃の百六十文を下さい」
と、言い争いになった。

するとどこからか
「いつもの菊が、馬に乗って来たのだ。
払ってやりなさい」
という声が上がった。
主理の家老がこれを聞いて、銭を払わせた。

その後、主人の四代目主理は病に倒れた。
菊の恨みの言葉を口走りつづけ、七日目に死んだ。
主理の家では、四代にわたって、様々な祈祷や祈りをした。
が、菊には露ほどの効き目も無かった。
主理の跡を継ぐ者がいると、必ずやって来て悉く取り殺した。
五代目以降の話は、伝わっていない。
(了)

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