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雪女

昔、むかし。
北国のある山でのお話。
巳之吉という若い木樵がおりました。
巳之吉は、毎年冬になると斧を鉄砲に持ち替えて、父の茂作と狩りに出ました。
ある日、巳之吉と茂作は、獲物を探すうちに烈しい吹雪に遭ってしまいました。
親子は、やっとの思いで小屋を見つけ、
そこで嵐が去るのを待つことにしました。
そして2人は、ついウトウトと眠り込んでしまったのです。

夜。
巳之吉は、冷たい風で目を覚ましました。
1人の女が、茂作の前に立っておりました。
女はゆっくりと茂作の上に屈み込みました。
そして
眠っている茂の顔に、フーフーと息を吹きかけているのです。

巳之吉は声も出ず、身動き一つ出来ず、
ただただじっと、それを見つめていました。
やがて女は、巳之吉に近付きました。

「そなたは、若い。助けてあげましょう。
 しかし、もし、
 今夜の事を誰かに話したら。
 よいですね。
 誰にも喋っては、なりません」

巳之吉は、必死にうなずきました。
女の顔に、小さな笑みが浮かびました。
若い木樵は、気を失っておりました。
やがて朝になり、巳之吉は我に返りました。
父の模作は、冷たい体となって死んでいました。

それから、一年余りが過ぎました。
巳之吉は、一人の娘と祝言を上げました。
父を亡くし、一人ぼっちで山に入るようになった巳之吉は、
家に帰る道すがら、旅装束の娘と出会ったのです。
娘は、遠縁を頼って都に上る途中だと語りました。

娘の名は、お雪と言いました。
互いの身の上を語り合ううちに、2人は惹かれ合いました。
娘は巳之吉の家に寄り、2人は共に暮らし始めました。
やがて子が生まれ、2人は、夫婦となりました。

「のう、お雪」
何年も経った、冬のある夜のこと。

「お前は、ここに初めて来た時から、ちっとも変わらんのう」

2人が結ばれてから、幸せな月日が流れました。
たくさんの子供が生まれ、巳之吉の髪にも白い物が混じっていました。
しかし、お雪はずっと若い姿のままでした。
お雪は、静かに微笑んでいます。

「しかし、儂は以前にお前のような女子と会った。
 お前とそっくりな女子じゃった。
 儂が、二十歳のときじゃ。
 親父と山で、夜を明かす事になっての。
 吹雪じゃった。
 おっそろしいくらいの吹雪じゃ。
 その時、その女子と会った」

「あれは、雪女じゃった」

「あなた、とうとう喋ってしまったのね」

「どうして、どうして」
お雪の白い顔が、巳之吉に近付きます。
「あなたは喋ってしまったの」
お雪は目を伏せました。
それから、スヤスヤ眠る子供達を見ました。

「あなた。
 この子達をお願いします。
 ほんとうに、ほんとうに幸せでした。
 さようなら」

巳之吉は、何か言おうとしました。
しかし、雪女は白い影となって、吹き荒れる雪の中に消えました。
後に残されたのは、泣き声のような、吹雪の音、だけでした。

(おわり)

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