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狗神(いぬがみ)『伽婢子(おとぎぼうこ)』


浅井了意、1666年

今の高知県幡多郡、かつての土佐の国畑(はた)という所での話。

天正の頃、一条の殿様を滅ぼした長宗我部の殿様は、この土佐の国の主となった時、ある村を焼いた。
家来に命じて、村を囲む垣根を作らせ、誰一人村から出られぬようにした。
そして、四方から火を放った。
男も女も、一人残らず焼き込(ご)みにされた。

この村の人びとは、「狗神」というものを持っていた。

この狗神を持っている人が、もし他所の土地へ行って他人の持ち物、たとえば小袖や財宝、道具など全てなんでも
「それが欲しい」と思い望むと、狗神はたちまち主の体を離れて、その持ち主に取り憑く。
そして祟りをなす。

取り憑かれた人は何日も高熱に悶え苦しみ、胸や腹は錐で刺されたように、あるいは刀で斬られたように痛む。
この病を治すには、取り付いている狗神の主のもとへゆき、この主が欲しがっているものを何でも与えねばならない。
さもなくば、長く病に臥せって、ついには死ぬ。

狗神は、その持ち主が死ぬとき、家を継ぐ者に移る。
それをそばで見た、とある人は云う。
その大きさは米粒ほどで、色は白と黒、赤のまだら模様。
死ぬ人の体を離れて、家を継ぐ人の懐に飛び込んで行った。

狗神を持っている人自身も悩み、思い煩っているのだが、これはどうすることも出来ず、受け入れるしかないのである。

長宗我部の殿様が焼いた村では、狗神が絶えたはずだったが、ひそかにある一族は生き残っていた。
そのため、狗神もこの者たちに付いて、いまも残っている、と云う。

(了)

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