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破壊クラブ。
「ようこそ、『淫楽クラブ』へ」
聞き慣れた女の声が聞こえる。
「今宵は何が起きるのか、誰にも分かりません。そう、私達にも」
劇場内を異様な緊張感のある静寂が支配した。
「本日の公演のテーマは、黒。皆様を漆黒の淫楽へ、ご案内致します」
女の声に妖しい息が混じる。
「それでは……」
ぱちん。
ピンク色の照明が僕等を照らす。
幕が上がる。
舞台上には、半円を描くようにして置かれた黒色の木製の椅子。そこに座る、演者10人。
全員、上下黒色のスウェット姿に、黒色のスニーカーを履いている。そして、それぞれに黒色の何かを身に付けている。
例えば、僕は黒色のアイスピック。右隣のデブは黒色の覆面、左隣の老人は黒色の鬼のお面を被っている。他にも黒色の水鉄砲、黒色の鎌等……黒に覆い尽くされている。
「今夜はある黒い提供者によって行われる、黒い公演です」
声の主、黒色の豚のマスクを被った黒色のボンデージ姿の大女が左手に持つ何かを肩の上辺りまで上げ、客席に見せた。
「黒い提供者は、この果実を私達の淫楽の世界へ落としたのです」
彼女の左手にはあるのは、恐ろしい程に真っ黒な林檎だった。
「黒い提供者曰く、真の淫楽が見られる、と」
真の、淫楽?
「この漆黒果実を彼等に食べてもらいます」
豚のマスクの大女の言葉に、客席に座る動物のお面を被った観客達からごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
黒色の子羊を被った少女達により、演者1人に1個ずつ、黒色の林檎が配られていく。
「先程も申した通り、私達にもどうなるか分かりません。全くの未知です。想像も出来ない快楽の世界へ堕とされる。これぞ、まさに淫楽」
全員の手に漆黒果実が行き渡った。
「それでは改めまして」
豚のマスクの大女が礼儀正しく、頭を下げた。
「ようこそ、淫楽クラブへ」
*
それから起こったことは、自分でも理由を説明出来ない。
豚のマスクの大女が顔を上げたのを合図に、僕達は黒色の林檎に齧り付いた。
咀嚼した林檎を飲み込んだ途端、脳味噌が回転するような感覚に襲われた。回る度に内側から黒色の粘液が脳味噌を侵食していく。その面積はどんどんと広がっていき、全てを覆い尽くした時、僕は立ち上がっていた。
ごろん。
食べかけの林檎が地面に落ちる音がした。次に聞こえたのは、悲鳴と泣き声だった。
ふと下に目をやると、梟のお面を被った女がいた。状況が理解出来ずにいると、辺りから視線を感じた。動物のお面を被った客共が立ち上がって僕を囲んでいた。
あぁ、僕は最前列の客席にいるんだ。
舞台と客席の間で、梟のお面の客に馬乗りになっていた。
「ん、んんっんんんんんっ!」
梟のお面の客が叫んでいる。右手の小指にぬめぬめした感触。
僕は黒色のアイスピックで彼女の左目を突き刺していた。突き刺したままの状態で止まっていた。
僕は何を……。
そう思ったとほぼ同時に、どこからかまた悲鳴が上がった。
僕を囲んでいた客共がそちらへ視線を向ける。僕も刺したまま絶叫が響く方へ。
獅子のお面を被った男が両手で顔面を抑えてそこら中を走り回っていた。指と指の隙間からは白い煙が上がっていた。
舞台上を見ると、演者の少女が持っている黒色の水鉄砲の銃口が客席に向いていた。
どくん。
真っ黒の粘液で包まれた脳味噌が脈打った。
どくん、どくん。
アイスピックを持つ右手に力がこもる。
どくん、どくん、どくん。
頭の中にあるのは、
どくん、どくん、どくん、どくん。
圧倒的なまでの破壊衝動。
「あぁああああぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁっ!」
叫んでいた。喉の奥から溜まりに溜まった悪意を吐き出すみたいに。
刺したままのアイスピックを抜く。壊したい。再び、アイスピックを振り下ろす。壊したい。それだけじゃ飽き足らず何度も何度も。壊したい。
馬鹿な客共の逃げ惑う音が聞こえる。今まで僕等演者を下に見て、人間以下の扱いをして、曲がった性癖を満たしやがって。
「ふは」
笑いが込み上げてくる。
「ふははは」
馬鹿め。馬鹿め馬鹿め馬鹿め馬鹿め馬鹿め馬鹿め馬鹿め馬鹿め馬鹿め!!!!!
「いいか!!!!!」
僕が叫ぶと、出口付近で団子状態になってドアを開けられないでいる馬鹿な客共がこちらを向いた。
「淫楽クラブは僕達が占拠した! 今からお前達が演者だ!」
僕を含めた10人の元演者から黒い愉悦を感じる。
皆、皆一緒なんだ。壊したくて壊したくてしょうがないんだ。
僕はアイスピックの刃を天井へ向けた。
「ようこそ、真の淫楽クラブへ!」
これから起こることに、理由なんていらない。
*
四つん這いで街を歩く、動物のお面を被った演者達。
それぞれが被っている動物の声で鳴きながら、黒い夜に包まれた街を1列に並んで進んでいく。
家畜の行列の周りでは、新たな監視役となった僕等が飼育員かのように歩いている。
俯き歩く街の住人を間を縫うようにして、ただひたすらまっすぐ。
遠くの方から楽しそうな騒ぎ声が聞こえた。
ふと、足元を歩く四つん這いの女に目をやった。
羊のお面を被った彼女には見覚えがあるけど、黒い悪意が邪魔して思い出せないし、もうどうでもいい。
「ちゃんと鳴けよ!」
彼女の背中にアイスピックを突き刺し、抜いた。彼女が小さな悲鳴を上げる。
「……死んだら……駄目ですよ……」
羊のお面の女が放ったのは「めぇ」ではなく、意味不明な助言だった。
馬鹿が。死ぬわけないだろ。こんなに楽しいことをやっているのに。
遠くの方で黒煙が上がっているのが見えた。
そうして、気が付いた。
先程から聞こえるのは騒ぎ声ではなく、絶叫だ。
壊れていく。物凄い勢いで街が破壊されていく。
……破壊。
僕は家畜の行列の先頭まで走ると、立ち止まって振り返った。
1番前を四つん這いで歩く、豚のマスクの大女も止まる。
湿気、動物の鳴き声、絶叫、黒い夜……。
両手を広げて、天を仰いだ。
真の淫楽を見せてやる。
「ようこそ、『破壊クラブ』へ!」
【登場した湿気の街の住人】
・アイスピックの少年
・豚のマスクの女王様
・黒覆面の男(赤覆面の男)
・死肉サンタ
・黒子羊のお面の少女達(子羊のお面の少女達)
・水鉄砲の少女
・羊のお面の女