#6ショートショートらしきもの「弟」
「ケン、散歩の時間だよ。」
そう声をかけるがケンは何やら悲しそうな表情でこちらを見るだけだ。
ここ最近、ケンの元気が無くなってきた。
少し前まで、声をかけるとすぐに寄ってきてほっぺたをスリスリとしてきたのに。原因はなんとなく分かっている。
ケンがこの家にやってきたのは僕が1歳の時。
まるで本当の兄弟のように一緒に大きくなってきた。ケンがウチにやってきてから10年、遊ぶ時も寝る時もいつも一緒だった。
ケンが好きな遊びはボール遊びやフリスビーではなく、単純な追いかけっこだ。
庭でも公園でも、僕と2人でただただ走り回るのが好きなのだ。
そうして泥だらけになって帰ってきた2人はそのまま一緒にお風呂へ入る。
「もう。またそんな汚して。」と困りながらも嬉しそうなお母さんの声を何度聞いたことか。
休日になると、お父さんと3人でいつもより少し遠くの公園に行く。
お父さんは毎回ボールを取り出して投げようとするが
「ちがう。ちがう。」と2人で首を横に振り、ただただ走り回る。
泥だらけになった状態でお父さんの懐に飛び込むまでがセットだ。
泥だらけの3人をみてお母さんが「子供が3人もいると大変だわ。」とこれまた嬉しそうに言う。
あの公園もどれくらい行っていないだろうか。
半年、1年くらいかな。
いつもこの時間に「散歩のじかんだよ。」と言ってみるがケンは動こうとしない。
僕が行けるような状態では無いと分かっているから。ケンが元気無いのも、僕を気づかっての事だろう。10歳になったケンは賢い。きっと僕がいなくてもこの先大丈夫だろう。
「ママ!ジョンがうごかない!」
ケンがお母さんを呼ぶ声がきこえる。
「お医者さんにも言われたけどもうダメなのかしらね。ケン、最後にちゃんとジョンとおわかれしましょう。」
「ジョン。ありがとう。だいすきだよ。またね。」
毛は抜け落ち、痩せ細った僕の身体をケンがやさしく撫でてくれる。
すごく辛いはずなのにすごくいい気持ちだ。
僕は幸せものだ。
大好きな弟の手の中で最期を迎えられるのだから。
お別れの言葉を言いたいが声が出ない。
最後の力を振り絞って、シッポを横に振る。
ありがとう。僕も大好きだよ。ケン。
〜おわり〜