#13 ショートショートらしきもの「後悔」
こうなるくらいなら。
彼女のクルミに抱えられ、薄れゆく意識の中、後悔だけが鮮明に思い出される。
初めは些細な喧嘩だった。俺が脱ぎっぱなしの靴下をクルミが注意した。
「なんで脱いだらすぐ洗濯カゴに入れないの?きったない。」
その「きったない。」が無性に腹が立った。汚い。ではなく「きったない。」という言い方に。
「は?お前だって使った美容パックその辺に置きっぱなしだろ。」
「それはたまたま忘れてただけでしょ。てか、お前って誰にいってんの?」
「お前だよ。お!ま!え!俺だってたまたま忘れてただけだろ。」
「タクヤは毎日じゃん。毎日忘れてるのをたまたまって言うんだ。たまたまが多いんですね〜。」
「文句あるなら出てけ!俺が家賃も光熱費も払ってるんだ!俺が何しようが自由だろ!」
余計なことを言ってしまった。元々俺が住んでいた家にクルミも一緒に住むことになった家だ。俺の方が稼ぎがいいから家賃と光熱費を払っているが、食費やその他雑費はクルミが払っている。2人で話し合って決めた事なのに。
ガチャン。
言いすぎた。自分が悪いと思った時にはもうクルミは家を出ていた。
少ししたら戻ってくるだろうと思っていたが、1時間しても戻って来ない。真冬なのにクルミは部屋着のまま出て行ったことに気づき、急いで探しに出た。
近くの公園やコンビニを探し回ったが見つからず、近くの大通りに出た。スウェット姿にサンダルで歩く彼女は遠くから見ても分かるくらいに震えていた。
急いで駆け寄り、声をかけようとした瞬間、寒さでかじかんだ足がもつれてクルミは縁石につまずいた。運悪くトラックが来ていた。
クルミの腕をとっさに掴み引っ張った俺は、クルミと入れ替わるように車道へと放り出された。
気づくと血まみれのクルミに抱えられていた。体は自分で制御できないくらいにガクガクと震えてとてつもなく寒い。その血は自分のものだとすぐにわかった。
冷たい地面に自分から溢れる血がどんどん流れていく。誰かが救急車を呼ぶ声がする。だがおそらくもう助からないだろう。
「ごめん。ごめんなさい。私があんな事言ったから。」
俺が悪かった。と言ったつもりが声にならない。
「ごめんなさい。靴下なら私がいくらでもカゴに入れるから、死なないで。」
もういいよ。クルミは悪くない。
「お願い。死なないで。私1人になんてなりたくない。」
クルミの声がだんだんと遠くなる。最期が彼女の腕の中というのは案外幸せかもしれない。
「お願い。私を1人にしないで!ナオト!!」
最期に聞こえた彼女の声は、俺ではなく違う男の名前を呼んでいた。
こんな時に浮気相手の名前と間違えるかよ。
こうなるくらいなら。
こうなるくらいなら。助けるんじゃなかった。
こうなるくらいなら。
彼女のクルミに抱えられ、薄れゆく意識の中、後悔だけが鮮明に思い出される。
〜おわり〜