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【感想再掲】 高い描写力と現代感覚
ずいぶん前に、上田聡子さんの小説『ひとりで生きる』の感想を書かせていただいたことがありました。
その上田さんがこのほど文庫を出版されるということです。
このnoteアカウントでは特定の出版物の宣伝や紹介をほとんどしてきませんでしたが、note発の作品ということなので、応援の意味でご紹介させていただきます。
併せて、以前書いた感想文を一部改訂のうえ、再掲したいと思います。
身勝手ながら、まずはじめに断わっておきたいのは、私自身がどちらかといえば純文学ではなくエンタメの畑でずっと仕事をしてきたために、決して良い純文学の読み手ではないかもしれないということです。小説を純文学とエンタメの二種類にジャンル分けするのは、じつは非常に難しく、安易にすべきことではありません。が、あえて本作を評するならば、どちらかといえば「純文学」であり、決してその良い読み手ではないかもしれない私にとっても、安定して高い水準でまとまっている面白い作品でした。
平成という時代ゆえなのか、とかく純文学というジャンルでは「生きづらさ」を描く作品が多いように思われます。小説というのは不思議で、マイナスでネガティブな感情は書けば書くほど筆が進む、目に見えない磁場のようなものが存在します。
本作『ひとりで生きる』もタイトルが示す通り、ひとりの女性高校教諭の孤独で静かな生活が淡々と一人称で描かれます。比較的長めのセンテンスでも破綻することなくこなれた日本語になっていて、安定して高い筆力があると思います。喉のケアや化粧といった女性ならではの繊細なモチーフを組み込みつつ、夏休み中の教諭の日常生活を丁寧に描写しています。
ぺかぺかとしたコンビニの青い明かり
といった独特の表現も効果的で、引き込まれます。
しかも、ただ孤独や生きづらさを嘆くばかりではなく、最後にはこの作品ならではの芯の通った主張も提示されます。
姉妹の間に、何かが一瞬電流のように流れて、消えた。
このワンフレーズに姉妹の実感がこもっていて印象的でした。とても現代的なまなざしだとハッとさせられます。
小説の構造においてとても挑戦的なのは、冒頭から地の文が続いてしばらくセリフが出てこないところです。言わずもがな小説には地の文とセリフという二要素がありますが、地の文が時制を止めたり急激に動かしたり自在であるのに対し、セリフはその場面において流れる時間を等速で流す性質があるため、場面を落ち着かせる効果があります。この「セリフ」を「***」印で区切られた最初の節で一切用いなかったことは挑戦的である一方、非常に高い筆力を要求されるために、一部の読者を途中で逃してしまうおそれを秘めています。
最初のセリフ、そして女子生徒の「相談したいこと」が告げられるあたりまで物語がなかなか転がらずに単調な描写が続いてしまうので、一部の読者に「なんだ、また『生きづらさ』を描く小説か」と既視感を覚えられて誤解されてしまうことがあるとしたら、それはもったいないことです。
特にマイナスでネガティブな感情を描くとき、小説というのは難しいものですね。
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