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弟子入りは愛の乱れ打ちだった。

作業着を作るために弟子入りを始めたあたし。
まさに潜入捜査。
そんな大黒屋はちょうど年末の繁忙期。

あたしの仕事はダルマが倒れないようにする為の底作り。
朝から晩まで粘土をこねくり回し、粘土を叩きつけ、粘土と格闘。
いい感じに毎日筋肉痛。

半地下半野外のような部屋に籠って作業するあたしに
お母さん達が代わる代わる様子を見に来てくれるのだ。

「大丈夫?寒いでしょ?」
「疲れたでしょ?休憩してね」
「本当に助かるよ、お陰で違う作業が進められる」

東京で疲れたあたしの心にお母さん達の優しさが乱れ打つ。

いやいや、まだまだ乱れ打ちは止まらない。

工房の隣の古民家に住まわせてもらっていたのだが、
「寒いと思ってこたつ持ってきた」
と、自宅のこたつを持ってきてくれたり、

連日の粘土の戦いで疲労も出てきた頃
「温泉に一緒に行こう、疲れたでしょ?」
と、裸の付き合い。

東京でカチカチに固まった心のヒダが動き出す。
もう、郡山の大雪さえも溶かすほどの優しさ。

東京ではせわしなく刹那のごとく過ぎ去る日々が、
ここでも同じ1日なのに充実感に満ち溢れた日々だった。

弟子入り期間も終わり帰る時には
「次、いつ来るの?」
「また、すぐ来るんだよね?」
「次も長く居られる?」
「来てくれて本当に良かった」

愛の詰まったお見送り攻撃を全身で受け
私の涙腺はフルフル震えまくっていた。

彰一さんは仕事をたくさん抱えているため
あっちに行ったりこっちに行ったり大忙し。
そんな現場を支えているのはお母さん達。
看板娘でもあり、職人でもあり、大黒屋を守っている。

彰一さんが攻め続けることができるのは
現場を任せられるみんながいるからだった。

大黒屋を語るうえでお母さんたちなくしては語れない。

そして、あたしにはいつでも「おかえり」が待っている場所ができた。

この後、小耳に挟んだ話によると
あたしが体を張ってダルマの底を作り続けたことによって
大黒屋ではあたしのことがレジェンド的に語られているとかいないとか…


つづく
(全6話 / 3)
愛の伝道師 ワタナベユカリ 


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