#16【祖母と病院】
うちの祖母が最初に診てもらったのは
ある有名な大学病院でだった。
昔から、祖母は片耳が聞こえにくく、
その手術をした時からお世話に
なっていた病院だった。
当時の祖母の家から自転車で
10分程度の距離だった。
そこから、うちの家の近くの
病院に。
正直言って、ただの内科だ。
でも、これは祖母たっての希望だった。
祖母は、病院が嫌いだ。
親の仇か、と思うほど
嫌っている。
「病院行かなあかんのはわかった。
せめて、病院っぽくない、
町医者にしてくれ。
病院は嫌いや」
とのわがままで、
家からすぐの町医者でお世話になっていた
お医者さんに行く日は、
バイトの入り時間を遅くしてもらって
必ず付いて行っていた。
「サチコさん、お加減いかがですか?」
「もうあかんわー、しんどいわー
いつ死ぬ?わかったらええな、ははは」
いや、笑い事じゃない笑
でも、いつもこんな感じだった。
ある時、のんびりした会話の後
お医者さんが険しい顔で言った。
「サチコさん、もうね、
黙ってるけどめちゃくちゃ痛いでしょ。
もう、どうにもならんところまで
ガンが転移しとる。」
それまでふざけてた祖母が
しゅんと、黙った。
「ここまでなってしもたら、
もう、モルヒネ入れるしかないわ」
「ここに来るんも大変やったやろ、
痛くて仕方ないと思う、よく頑張った。」
普段、喋らないと息できないんじゃないか
っていうほどに話しまくる祖母が
小さな声で、はい、とだけ言った。
そんな祖母が、とても小さく見えた。
まずは、経口摂取で
一番弱い痛み止めを飲むことになった。
その後、先生に母親と私が呼ばれた。
「覚悟はしてると思うけど、ゆうとくわ。
モルヒネ使い始めたら、意識は朦朧とするし
今より寝るようになる。
会ってくれる人がいるなら、
今のうちに会わせてやってあげなさい。
僕の見立てでは、後二週間。
2週間後には、大きい病院のホスピスへ入院を勧めるし、
そうじゃなくても、自宅でできるような
注射型のモルヒネに移行する。
そうなったら、プライドもあるから
多分人と会わなくなる。会いたくなくなる。
せやから、今のうちに
いろんな人に連絡を取ってあげなさい。」
母も、私も、覚悟はしていた。
でもその道のプロから、宣告されるのは
予想してたより何倍も重く、
帰りの車の中では誰も話すことはなかった。
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