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『奇数の歯を持つ嬰児(後)-b』

そう言い聞かせながら
船橋西武百貨店の展覧会入口で
ぼくはきみにミルクを飲ませようとしているのだが
ははは、なかなかうまくいかないものだ
脚をくみかえるときに衣服がすれる音さえ聞き分けられるのに
きみの泣き声はここでは大音響なのだよ
しかし、
あつかましくならなければならない
あつかましくならなければならないと
乾坤を転がすほどに気迫はこもるが
哺乳瓶のミルクはいっこうにへらない
ああ、なるほどね
これはだね、けんしょう
出の悪い方の乳首をつけてきてしまったのだよ
下に行ってゆっくり飲もう
と、子供の広場のベンチでもういちど試みるがうまくいかない
ということは、ミルクがでないということは
この子がけっして泣き止まないということではないのか
やっと事態の重大性に気付いたぼくは
彫刻展どころではないとことにも考えが至った
こんなところまで来てしまっているのだ
西船橋から船橋までの一駅でさえ
あれほど難儀したというのに、おうおう
いまから
いままで来た道を
前略も中略もなく
草々と早々にひきあげることもできずに
ふたりで帰らなければならない、ならないのだ
おい、おれとおまえとで帰るんだからな
おれも覚悟するから
おまえも覚悟しておけよ
恨むんだったらな
その相手はおれじゃないぜ
幼いおまえに念をおしてもあれなんだが
それはおまえの母親だ
もとはといえば
おまえの母親が悪い
三つ子の魂百までっていうから
かんでふくめて教えておくけどな
出不精なおまえの母親が悪い
三人で行きましょうって一声かけてくれればよかったんだ
そうしたらこんな試練もありえなかった
恋愛って魔物だよな
結婚するまでは出不精が魅力だったんだからな
わからないもんだよなひとのこころっていうのは
おまえも恋愛で悩んだらおれに相談しろよ
おれのアドバイスはきびしいぜぇ
諸行無常の恋愛観だからな

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