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『奇数の歯を持つ嬰児(後)-e』
ぼくらはケーキ屋の前でひさしく待った
風に吹かれているきみの横顔は凛々しかった
ぼくらが「立て髪」と呼んでいるきみの
つむじのところからほとんど垂直に伸びている癖っ毛は
風見鶏みたいにお辞儀を繰り返している
きみは視線を動かさない
ぼくはきみとともにいる
きみは視線を動かさない
ぼくはきみをのぞきこむ
きみは視線を動かさない
ぼくもきみの視線をなぞる
きみは視線を動かさない
ぼくらの視線に彼女はこない
そうやって遠くを見るときの方法を
きみはどうやって身につけた
それはいけないやり方だ
親子がいっしょにいるときには
そういう見方をしてはいけない
きみとぼくが親子であるのは
こうしてここに立っていて
きみにとっては母親で
ぼくにとっては妻である
共通の女性を待っているから
ただそれだけの理由みたいだ
きみが気づくとき
すでにぼくは動かしがたく
きみの父親として現象しているだろう
ぼくは克行という名前を持ち
克夫という名前の父親と
サツエという名前の母親のもとで
幸夫という名前の弟といっしょに育ってきて
いつもどちらかが失職してて
母親が心配していたことや
きみが生まれてくることも知らず
その母親が死んでしまったことや
その葬式のときに父親が
壷に納める母親の骨を割れなかったことや
そんなことがぜんぶ
きみにはどこかの
お伽話の館のみやげばなしみたいにひびくだろうな
奇数の歯を持つ嬰児、
きみのくちびるをめくると
上に四本、下に三本
計七本の歯しかない
本棚のかげから顔をだして
いない、いない、ばあの
パフォーマンスをみせてくれる
奇数の歯を持つ嬰児、
いない、いないがいえないから
ばあ、ばあを繰り返す
奇数の歯を持つ嬰児、
自分の掌で顔をつつむときは
たたくようにしておおいこむ
奇数の歯を持つ嬰児、
ひぐまのあしあとのような蒙古斑のある
奇数の歯を持つ嬰児、
きみが風邪で鼻がつまったとき
すすってあげたのは
きみの母親の方だったよ
ぼくには結局できなかったな
そんなことが
ぼくがきみについて知っているほとんどかな
ほら、その母親がやってきたよ
間違って別のケーキ屋にむかってたと
弁解しながら走ってきたよ