枠物語試作小説
むかしむかし、あるところに、ひとりの少女がいました。私が書かない限り、この少女は無の内にひとりぼっちです。それでは可哀想なので、私は、少女の家を書きます。そうする事で、少女は家に住んでいる事になりました。
少女は、ちいさな家に住んでいました。木でできた、一階建ての、ほんとうにちいさな家です。その家で少女は、毎日を暮らしていました。
少女には、たったひとりの友達がいます。それが、私です。少女と私は、その字の如く、唯一無二の友達でした。私は、「書く」という行為を通して、少女をどうにでもできます。私が「少女はりんごを食べた」と書けば、少女はりんごを食べた事になります。 何せ少女は無の内にひとりぼっちなので、少女にとって私は良き話し相手ですし、大切な大切な友達です。
ある日、少女は「花を見てみたい」と思いました。少女は私を正確には認識できません。なので、少女が私に話しかける時には、必ず少女自身の脳内に話しかける必要があります。少女は、「花を見てみたい」と私に話しかけました。
私は少女に、花を見せてあげようと思いました。花を書くのです。大切な友達の為に、とっておきの一輪を書こうと考えました。白く芳しい、菊の花。私の知る中で、一等美しい花。花言葉を深読みするなんてのは野暮ってもんです。何せ少女は、花言葉などというものを知らないのですから。
一晩が過ぎ、目を覚ますと、少女の家のとなりに白菊が咲いていました。少女は白菊を綺麗だと思い、毎日眺めようときめました。
私はここで、ひとつの悩みを持ちました。この先の物語を如何に展開するか、という事についてです。秋吉はどうするつもりなのでしょうか。秋吉とは、この物語の作者の事です。私は、秋吉に、この先物語をどう展開していくのかを尋ねました。尋ねたと言っても、私は秋吉の事を正確には認識できません。なので、私が秋吉に話しかける時には、必ず私自身の脳内に話しかける必要があります。私は秋吉に、「この先、この物語をどうするの」と訊きました。秋吉は、何も答えてはくれませんでした。
一晩が過ぎ、目を覚ますと、少女が消えていました。ちいさな粗末な家も、繊細な白菊も、消えていました。私も消えていました。
残されたのは、元あった無の空間だけです。
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